改行が少なく、びっしりと埋め尽くされた文字。虫眼鏡で細密画を追うような、奇妙な感覚。表題作「工場」は、大きな川が南北を隔て、広大な敷地を占める工場が舞台だ。
登場人物はここで働く3人。一日中シュレッダーで紙を裁断し続ける女性と、別の部署で何のために作られたか分からない文書を校閲する仕事に携わる兄。そして、屋上緑化の仕事をまかされて入社したはずなのに、特にその成果を求められることがないまま、「コケの観察会」の運営を続ける正社員の男性。自分たちの仕事が何の役に立っているかは全く分からない。そんな3人の視点で交互に綴られる。工場には、灰色ヌートリア、洗濯機トカゲ、工場ウという奇妙な生き物も生息する。読み手も工場の中を彷徨いながら、少しでも手がかりを得ようと目を凝らして文字を追う。
精巧なミニチュアの世界をこっそりと覗き見するような錯覚。緻密なはずなのに、一向に見えない全体像。精緻なまでに描写された物語はどこに向かうのか。やがて意外な幕切れを迎える。結末如何よりも、神々が宿る細部にこそ、この物語の妙がある。
※週刊朝日 2013年8月2日号