昨今、東日本大震災によってあらためて「心のケア」に関する議論が盛んとなり、トラウマ(過去の出来事が現在に与え続ける心的外傷)への関心が高まっている。本書は精神科医の著者が、これまでの研究成果をもとにトラウマを多角的視野から解説した一冊だ。
 本書に通底して流れるのは、トラウマを専門家のみならず社会全体に開くという著者の問題認識である。トラウマを考える意義は、精神的均衡を崩した人を「弱い人」と見下げるのではなく、そうした状況を生じせしめた背景要因に視線を転じる点にある。例えば黒人、身体障害者などの社会的マイノリティが受ける精神的苦痛はトラウマ的経験とも重なるが、背景には差別や抑圧といった権力関係が示唆される。トラウマを社会的視点で考えることは、個々人がトラウマを学ぶ際の警鐘ともなるのだ。
 丹念な解説の傍ら、著者はトラウマを言語化する難しさを強調する。しかしそうした限界点を踏まえてもなお、本書は可視化しづらいトラウマを感じ、掬い上げるアンテナとして有用性を持つだろう。

週刊朝日 2013年4月26日号