冲方丁の歴史小説『天地明察』が映画化され、絶賛上映中……だからか知らないけれど、『日本の七十二候(しちじゅうにこう)を楽しむ』が売れ続けている。旧暦の季節感を味わおう、という本である。文章を書いている白井明大は詩人で、イラストレーターの有賀一広が絵を担当。
 初版が出たのが3月で、私が買ったのは9月に出た第7版第2刷。ロングセラーだ。この本に『天地明察』は出てこないけど、江戸時代に「本朝七十二候」をつくったのは渋川春海。『天地明察』と無関係ではない。
 七十二候というのは、中国から伝わった季節の分けかただ。1年を24に分けるのが二十四節気で、七十二候はさらに細かい。
 二十四節気は「秋分」や「立冬」や「冬至」などよく知られているが、七十二候の名称はちょっと不思議だ。たとえば二十四節気の「寒露」は10月8日ごろから10月22日ごろまで。七十二候はこれをさらに三分し、順に「鴻雁来(がんきた)る」「菊花開く」「蟋蟀(きりぎりす)戸に在り」という。著者は「季節それぞれのできごとを、そのまま名前にしているのです」と書いている。
 日常会話ではどう使うのだろう。「涼しくなりましたね。ようやく寒露ですものね」などとはいうけれども、「蟋蟀戸に在りですなあ」なんていったら「お宅ではキリギリスを飼っているんですか」と聞き返されるだろう。「蟋蟀戸に在り」は10月18~22日ごろ。
 これまで旧暦についての本はたくさんあったが、本書はいろんな角度から季節を楽しもうとしている。季節そのものだけでなく、季節に因んだことばや、旬の魚介・野菜・果物、行事などについてもイラストつきで解説する。「鴻雁来る」の項であれば、「菊と御九日(おくんち)」と題して長崎くんちの話があり、旬の魚介はししゃも、旬の野菜はしめじ、旬の草花はななかまど、といった具合だ。スーパーマーケットから季節感がなくなったいま、せめてこの本を眺めてしみじみとしたい。

週刊朝日 2012年10月26日号

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