先日、天才プログラマーで書評家でもある小飼弾さんのお宅に息子とお邪魔した。

 その時小飼さんは本棚のあちこちを探して、息子に「これをあげよう」と数学書を手渡してくださった。ご自身の愛読書を分けてくださり、本は後日またご自分で改めて買い足すという。

 なんて素敵な贈り物だろうと私は心底感動した。私も、今のその人に最もふさわしい本を書棚から選べる人間になりたい、そう強く思った。

 で、誰かお客が来ないかな、と思っていたのだけれど、このたび、引っ越し後初のお客が我が家にやって来た。中学2年生の男の子、息子のお友達だ。

 彼は段ボールがまだあちこちにある我が家に入ってもどこか浮かぬ顔をしていた。うちが散らかっているからではない。彼は息子の後を追うかのように同じ私立中を退学したばかりなのだった。

 この彼は来週から公立中に転校する。それもついこの間の息子とまったく同じである。中途半端な時期に異動することについての不安、そして退学に追い込まれたという絶望感は、無邪気だった彼を面変わりさせていた。

 うつむきがちな彼に、私はできるだけのことをした。といってもおいしい食べ物や飲み物をふるまい、息子と楽しく遊んでもらっただけなのだけど。そしてその時、小飼さんのことを思い出し(そうだ、何か元気が出そうな本をプレゼントしよう)と立ち上がった。

 本棚をごそごそ探す。今の彼にぴったりの本はなんだろうとあれこれ考え『とびっきりのお金の話をこれからしましょう。』を取り出した。こどもにもわかる平易な文章で人生を語っている、私の大好きな本である。「本当に大切なものはあなたのすぐ近くにある」というのがテーマだ。

 どの学校に行っても自分さえしっかりしていれば、ちょっとやそっとのことでは心は揺らがない。私は転校する彼への餞別としてこの本を手渡した。多くは語らず「とっても面白いからぜひ読んでみて!」と。

 彼が読んでくれたかどうかそれはわからない。けれど自分の気持ちを本で伝えることができるんだということを初めて知った。これからも来客があるたびに私は私の本棚をのぞくことにしよう。