大病をしてから宮沢さんは別人のように変わりました。
皮膚病の部分に薬を塗り、ガーゼを貼ると、
「ありがとう」
と必ず声をかけてくれます。
「リハビリ頑張ってくださいね」
とこちらが声をかけると、目に涙を浮かべながら深く何回もうなずきます。
モンスターペイシェントだったころの面影はすっかり消えていました。
人間関係というのは過去からの延長線上にあります。価値観や考え方が変わるような大きなイベントが本人に起きたとしても、周りの人間は昔された嫌な記憶をなかなか忘れることができません。「人を許す」というのは本当に難しいことです。
体が不自由になってから担当した医療スタッフとずっと暴言を吐かれていたスタッフでは、宮沢さんとの距離感が違いました。もちろん、こちらがなにか意地悪なことをするなんてありませんが、古くからのスタッフにはもう一歩踏み込めない戸惑いのようなものがあったのです。
プロである医療従事者でさえも、やんちゃだったころの宮沢さんの記憶が残ったままです。プライベートで宮沢さんに関わってきた人たちは正直なものでした。毎回の診察で車椅子を押してきてくれるのは、友達でも親族でもなく市のヘルパーさんでした。
体が元気なときや、気持ちに余裕があるとき、ついつい私たちは周りへの感謝を失ってしまいます。ときに横柄な態度をとってしまい、相手を傷つけても構わないと思うほどの強気な姿勢になってしまうこともあるかもしれません。
宮沢さんの状況を自業自得と冷たく切り捨てるのは簡単でしょう。しかし、忘れてはいけないのは、私たちはいつでも自由と不自由を行き来する人生を歩いているということです。残酷なことは、その行き来は自分の意思とは関係なく突如訪れます。
何年も診察を担当していた私の転勤が決まり、お別れの最後の診察のときです。
私は冗談で、
「昔の宮沢さんにはみんな苦労しました」
と伝えました。