■「電線アンバサダー」に
石山さんの撮影スタイルはシンプルだ。「いい電線にぱっと気づいて、ああ、撮りたいな、と思ったら撮影する」。犬の散歩と荷物の多いとき以外は、基本的にカメラを持ち歩く。
不思議なことに毎日のように歩く身近な場所でも「うわっ、これめっちゃいい電線じゃん」と感じることがあるという。
「私のコンディションによって『この電線はいい』と思う感覚は日々、変わるんです。それによって電線の表情も変化する」
「電線に触りたい」という欲望。それを撮ることで満たそうとしてきた。ところが、その気持ちに写真が追いつかない。
撮るたびに「現物の方がずっとよかったと感じる。自分が感じた電線のいいところが写っていない。なので、いつもがっかりする」。
写真で伝えきれない部分は言葉で補おうとしてきた。
その願いが通じたのかもしれない。石山さんの写真が業界団体「日本電線工業会」の目にとまり、今年6月、「電線アンバサダー」に就任した。いま、電線工場などの取材を進めている最中で、11月から順次YouTubeで配信する予定という。
「電線は本当にいいんですよ。それを見ることの楽しさを知ってもらい、もっとみんなに撮ってほしい」
■電線は悪い景観?
一方、石山さんは一部政治家の電線に対する批判的な視線に対してモヤモヤした気持ちを抱いてきた。
最近、無電柱化に関する本を意識的に読んでいるそうで、かばんの中から『無電柱革命』(PHP新書)という本を取り出した。ページには蛍光ペンが引かれ、ふせんがつけられている。
「この本を読んでいたら、自分の感覚は間違っているのだろうか、と思って、本当に胃が痛くなっちゃった。東京都知事の小池百合子さんが無電柱化の文脈で、『クモの巣のような電線』は取り払うべきだ、美しい景色を取り戻そう、と強く訴えている」
同書は「美しい景観を創る会」の有識者が選んだ「悪い景観100景」の一つとして、「電線電柱が空を覆う」光景をやり玉に挙げる。
それについて石山さんは、京都の清水寺を訪ねる小道など、江戸時代以前にかたちづくられた街並みから電線をなくしたいという気持ちはよく理解できるという。
しかし、電線を「キタナイもの」として一律に排除する動きには強い抵抗を感じる。
「私は電線のある景色がすごく好きなんです。戦後出来上がったごちゃごちゃ風景を否定するのではなく、それを飲み込み、いいものとして見たい」
水道管やガス管は地下に埋設されているため、地上の人々は「都市がどんな息をしているのかが見えない」と、石山さんは感じる。
「だけど、都市の血管と神経である電線と通信線は表に出ている。ある意味、グロテスクなんですけれど、すごくかっこいい。その姿を写真で残したいんです」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)