「この孔子の言葉は、老いることを衰退とせず、一種の完成として述べているところに大きい意義がある」
と河合さんは指摘しています。十五歳から四十歳までは、いわゆる自立の方向、それが五十歳の「天命を知る」でぐっと方向が変化するというのです。西洋の心理学ではここからは発達でなくなってしまうのですが、『論語』ではこの方向変換を経て、七十歳の完成に向かうのです。
もう一つのライフサイクルはヒンドゥー教の「四住期」という考え方です。これは人間の一生を学生(がくしょう)期、家住期、林住期、遁世期の4段階に分けてとらえます。
ひたすら学ぶ学生期、職業について結婚し子どもを育てる家住期。ここまでは世俗的なことが大切で現代人と変わりません。しかし、ヒンドゥー教ではこれに後半の二つの段階が加わるというのです。つまり「人生の後半」の始まりです。
ところが、私のいう「人生の幸せは後半にあり」とはだいぶ違っています。林住期は財産や家族をすて、人里離れたところで暮らします。さらに遁世期では、一切の執着をすて、乞食となって巡礼、永遠の自己と同一化するというのです。
死ぬまで晩酌を楽しもうという私にとって、これは無理ですね。やはり、論語的な完成の方が好みに合っているようです。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2023年3月10日号