千夏は私が苦しんでいると思ったのか、ヨタヨタと歩いてきて、隣にぴたりと寄り添い、「大丈夫だよ」というように喉をゴロゴロと鳴らしたのです。あの時、本当に愛おしく、できる限りのことをしてあげたいと思ったものです。
■介護に没頭した日々
そこから介護が始まりました。
千夏は私の手にごはんを乗せて口元まで持っていくとぺろぺろ食べたので、「生きようとしている」と感じました。
でも、食べられるものは限られます。液状やムース状のものや、マグロ刺身……。ペット用の介護食はアメリカでは需要があまりないのか、ペットショップなどで見つけられず、日本から取り寄せました。すぐ吐いてしまうので、脱水をしないように、毎日夜中も起きて、数時間おきにごはんとお水をあげました。
2カ月経ったある朝、千夏は一時のぼれなくなっていた私のベッドに、よじ登って起こしにきたのです。うれしくて、また号泣です!
千夏は爪とぎができるほど元気になりました。お刺身は本当に好きで、お行儀よく座って待っていて、喜んで食べました。ぱくぱくと食べてくれる時、千夏と繋がっている、という気がしました。
17歳で重篤な状態になってから、元気になったり、食べなくなったり、ぐたっと寝たり、けろっとしたり……一進一退を繰り返し、2年の月日が過ぎました。
ちょうどコロナの感染拡大と重なったのですが、ニューヨークは本当にひどく、誰にも会えず、部屋からも出られない日が続いたときも、千夏の存在が心の支えになりました。在宅ワークで、晩年の千夏とたくさん一緒の時間を作ることができました。
■千夏が背中を押してくれた
急に暑くなった昨年の5月半ば、大好きなまぐろさえも受け付けなくなりました。私のところに来て、まるで「もう疲れたの」とでも言っているかのようだったので、無理に食べさせたりせず静かに見守ることに心を決めました。
その翌週の月曜の明け方、千夏は静かに息を引き取りました。19歳を迎えたばかりでした。