朝から晩まで丸一日、じっくり一つのテーマを掘り下げる「マラソン・コンサート」。今年は没後200年を迎える希代の音楽興行師「ザロモン」に注目。ベルリン、ウィーン、ロンドン等、音楽市場が花開いていった歴史背景と共に、その時代の響きを楽しんだ。
各1時間のコンサートが全5回。世界で活躍する演奏家達総勢38名の登場に加え、全ての公演にヨーロッパ文化史研究家の小宮正安氏が登場し、一曲ずつ詳しい解説と共に曲を楽しむことが出来た。クラシックファンには「お馴染み」の曲、楽器演奏初心者であれば誰でも知っているような曲から、プロとして長年活躍している演奏家ですら「この作曲家は誰でしょう…。」と白旗を挙げてしまうほどマニアックな選曲まで、歴史的背景を軸に実に幅広い選曲で、素晴らしい演奏による『耳福』のみならず、知的好奇心も満足させられる内容であった。
例えば、第1部では、ザロモンがヴァイオリニストとして仕えたフリードリヒ2世によるフルート・ソナタが演奏された。プロイセン王国を強国に押し上げたあの強大な大王の、軍事のみならず芸術への深い造詣が感じられる選曲であった。第2部のサブタイトルは『ハイドン』。プログラムの終曲には、ハイドンの弟子であったプレイエルのピアノ三重奏が配されていた。ピアノ製作で有名なプレイエルだが、作曲家としても優秀で、ロンドンでのコンサート興業に精を出すザロモンからハイドンと同時期に招聘されている。音楽家同士の興味深い因縁や、当時のコンサートプロモーションに関する背景が深く絡みあっての選曲であった。
続く第3部のサブタイトルは『モーツァルト』。ザロモンとの共通点はフリーメーソンだ。フリーメーソン結社員のテキストに基づく、入会の歌ならぬ「結社員の旅」が披露される貴重な機会となった。また4部はザロモンとの親交からハイドンに出会うことになる『ベートーヴェン』。「ルール・ブリタニアによる5つの変奏曲」「ウェリントンの勝利より、勝利の交響曲」など、イギリスとの関係を色濃く反映させた背後にはザロモンの存在を感じさせる。最終の第5部では、ウィーンとロンドンの市民による音楽市場に注目したザロモンが出版した、様々な室内楽用編曲版が取り上げられた。
これらの貴重な演奏の様子は、インターネットを通してすべてライブ中継が行われた。今年の新たな取り組みとして、視聴環境や好みによって3種類の方法が選べるようにしたことだ。一般的なヘッドホンやスピーカーでステレオサウンドを楽しめる2chステレオサウンド。まるでコンサートホールで音楽を聴いているかのような臨場感を感じられる、5chのサラウンドサウンド。そして人間の頭部を模した専用マイクで音声を収録する方式のバイノーラルサウンド。高音質なストリーミング配信の今後を見据えた、通信業界からの画期的な取り組みと言えるだろう。
また公演当日は、幕間に行われたインタビューやレクチャートークについても、全てPC・スマートフォンなどで視聴することが出来た。出演直後の晴れやかな顔を見せるアーティストインタビュー、そして企画構成を担当した小宮正安氏の熱のこもったレクチャートークを、生放送テレビを見ているような感覚で視聴することが出来たため、一風変わった公演プログラムの内容について、深い理解とより多くの楽しみを得ることができた。
コアなクラシックファンはもちろんのこと、遠方でなかなか上野の会場に訪れることが出来ないファン、クラシック音楽をどこから聴いていいかわからない、西洋史には興味があるけれど音楽には縁が無い、そんな方にも興味深く楽しめる内容であったと思う。今後オンデマンド配信が予定されているので、公式サイトをチェックしよう。また今後の「東京・春・音楽祭」のコンサート企画、そしてストリーミング配信を伴ったプロジェクトに、ますます期待していきたい。 Text:yokano
◎東京春祭マラソン・コンサート vol.5
《古典派》~楽都ウィーンの音楽家たちから音楽興行師ザロモン(没後200年)と作曲家 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン
日程:4月5日(日)
会場:東京文化会館 小ホール
写真(C)堀田力丸/提供:東京・春・音楽祭