ロシアが11月23日、ウクライナ全土に70発のミサイルを発射、攻撃した。首都キーウなど各地で住宅や火力発電所などが攻撃され、電気・水道が止まった。被害の大きい首都の街中を歩くと、市民の心の傷が見えてきた。(岡野直=キーウ)
23日昼すぎ、滞在先のホテルで、突然トイレの水が流れなくなり、使用済みのトイレットペーパーが残ってしまった。水道も止まり、手が洗えない。ノートパソコンを開き、キーウ市長のクリチコ氏のSNSを見ると、市民への呼びかけが出てきた。
「ミサイル攻撃により首都全域で断水中。復旧に全力をあげているが、念のため、水を備蓄してください」
ホテル近くの雑貨店に行き、水5リットル入りのペットボトルを2本買った。中年の男性店主に「ミサイルはどこに落ちたんですか。断水はいつまで続くのでしょう」と尋ねると、「戦時下だよ。そんなこと分かりません」とぶっきらぼうに答えた。パニック買いは起きなかった。どこのスーパーでもいつでも水が買えたからだ。国の西側から運ばれた水が多く、ウクライナの流通網は攻撃の後も生きている。
クリチコ市長(51)は身長2メートル、元ボクシングの世界ヘビー級王者。そのSNSは、ジャブのような短い、具体的な文章で、発信によって市民に安心感を与えている。
「地下鉄は混んでいるかもしれませんが、防空壕としては良い。避難しよう」とのSNS投稿を読み、私はホテル近くの地下鉄駅へと向かった。キーウの地下鉄は深い。長さ約100メートルのエスカレーターを降りきるとプラットフホームに。核戦争のときも使え、冷戦時代、地下壕として設計された。しかし、この日、避難する人はおらず、通常通り、乗客が乗り降りしていた。「ビー、ビー、ビー」という空襲警報はほぼ毎日なる。地下へ隠れる決まりだが、守らない市民が多い。ミサイル攻撃への一種の「慣れ」が生まれている。
しかし、地下鉄車内は異様な緊張感に包まれていた。キーウ中心部のボグザルナ駅へ向かうと、乗客は男女みな眉間にしわを寄せ、沈鬱な顔つき。口を開く人は誰もいなかった。