会議後に、同席していたドイツのアジア専門家から、「なぜそんなに経済制裁の話が不適切と考えるのか? 日本では台湾有事への派兵の議論もでているんだろう。派兵の前にまず経済制裁を検討するのは当然では?」と声をかけられた。彼とはその後、侃々諤々、数日間議論を続けた。ドイツ最終日、私は結論に達し、彼にこう言った。

「日本政府は威勢のいいことばかり言っているが、都合の悪いことを隠している。これは、その結果だ」

 彼らの問題意識はもっともである。日本では軍事力強化の話ばかり議論されるが、情勢が緊迫すれば、米国等の主導で経済制裁が発動され、日本政府の外交姿勢からしてそこに日本が加わらないことは考えられない。ましてや有事に、自衛隊が後方支援であっても参戦すれば、日中貿易は断絶する。対中貿易が途絶えたとき、私たちの生活はどうなるのか。

 欧州訪問では、ベルギーの旧友宅にも招かれたが、ウクライナ戦争の影響で電気代だけで月20万円、家賃より電気代のほうが高いとの不満を長々と聞くこととなった。もっとも、電気代の値上がりなど戦争の影響の中では最も些細なものである。

 日本に戻り、安保に詳しい友人にこの話をしたところ、日本で対中貿易が断絶したら餓死者が出るのではないかとのコメントが返ってきた。

 台湾有事のリアリティーは、このように甚大な人的・物的被害であり、また、中国との貿易断絶により日本に住む私たちすべてが現在よりはるかに苦しい生活を強いられるということである。

 日本では政府もメディアも、こういった話を一向にしようとしない。

<いやいや、あなたの言う通り、経済的壊滅や物的人的被害を避けるためにこそ、敵基地攻撃能力や防衛費の急増が必要なんだよ>

 しかし、軍事力だけでは戦争は避けられない。

 軍事力による抑止は、必ずや相手の対抗策を招き、無限の軍拡競争をもたらす。その状態で抑止が破綻すれば、増強した対抗手段によって、より破滅的結果をもたらすことになる。さらには、どれだけ軍事力を強化したところで偶発的な衝突の可能性は阻止できない。

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