杉江:何かのジャンルについて書かれた小説に共通する点だと思いますが、野球でもスポーツでも音楽でも何かに関与しているっていうことをプレーのさなかに発見していくと、そもそもそれが自分の人生の一部分を構成しているんだと悟ることになる。この小説でも、「クイズが自分の人生の一部なんだ」ということに三島は気づいていきます。そこはすごく普遍性のある感覚だと思うんです。
小川:小説を書く時に一番大事にしているのはその普遍性です。基本的に小説のこと以外はわからない僕が、クイズプレイヤーの場を借りて、小説について考えている。僕の考えたことが、そのクイズプレイヤーの考えたことと究極的には同じだろうか?ということ。『地図と拳』でもまさにそうでしたが「小説を書く=建築をしている」気持ちになることが僕は多い。小説を書いている時、柱を立てて壁を塗って……やっぱりこの柱はいらないな、とか思う。
クイズも同じようなところがある。クイズって、出題をしている人と答える人が、お互いが知っている世界を共有する行為であり、そこに喜びがある。小説も書けば書くほどわからなくなるし、知れば知るほどわからなくなる。そもそも小説自体もクイズの知識のようであり、書名や作家の名前など、いろんなレイヤー(層)で、小説とクイズもまた結びつく。僕は世の中のほとんどのことは、そうやって深い部分で結びつけられると思っている。同じ人間というものがしている行為であるのだから。そういう意味では、普遍性が感じられるかは結構重要でした。
杉江:小説の小説って存在しますし、作家の小説っていうのもあります。すごく自己言及的に見えるんだけど、小川さんは全て、小説の小説になっていると考えてもいいってことでしょうか?
小川:僕の小説を書く基本的なモチベーションは「わからないことについて考えたい」とか「自分から遠い人」とか「自分と全然価値観が違う人」とか、自分と違ったものを持っている人について、小説を通じて考えてみたいということ。人だけじゃなく、出来事も含めて、自分の知らないことについて考えたいっていうのが、大きなモチベーションの1つです。
杉江:ここで視点を変えて、パーツのことを伺いたいです。例えば、音楽で言うと、ここはおかずを入れて読者を楽しませなくちゃいけない、といった局面があると思うんです。『君のクイズ』の中にもリズムとしてのユーモアがありますが、これらは書きながらその時々に出てくるものなのですか?