渡辺さん自身も、長い教師人生のなかで25年ほど、受け持ちのクラスで百人一首を取り入れてきた。その度に驚かされるのは、子どもたちの変化だった。いまだに、教え子たちから感謝されることも多いそうだ。
「集中力が鍛えられますし、コツコツ毎日取り組むことで“できる”ようになることに子ども自身が気づいて、どんどん意欲的になるんです。覚えるほど札が取れるため、自尊心を高める場にもなるんですね」
覚え方にもコツがある。渡辺さんによると、
「まずは3首だけ覚えることをお勧めします。これまで指導してきた経験から確かなのは、3首覚えると、ぎこちなさが消えて、不思議と言葉の言い回しやリズムがすっと入ってくる感覚があるようです。ただ、3首覚えるまでが苦しい。すらっと言えるように、わずかでもつっかからないように練習することが大切です」
自分の得意札を作っても楽しいという。「言葉の響きが好きといった、感覚的な基準でよいのです。たとえば、女の子に人気なのは『おとめ』という響きから“天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ”ですね。苗字が『ふじもと』さんであれば、 “田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ”の札は、絶対に取れるよう頑張るんです。」
「遊び心をもって、百人一首を覚える取っ掛かりを見つけられるとよいですね。そのうち歌人の思いが込められた歌そのものに興味を持ち、自分のお気に入りが出てくる。願わくば、その歌が人生の指標になったら、最高の出合いです」
思わぬおまけもついてくる。せっかく覚えるのならば……と、学習との接点が気になるのも本音。国語に特化して中学受験指導を行う「南雲国語教室」の南雲ゆりか先生は、百人一首に親しむことについて、
「なかなか自分から始めることはないはずですので、学校で取り組んでいるのなら、なお良い機会です。百人一首遊びに古典学習の礎があります」
と話す。小学生のうちに触れていることのメリットもあるようだ。