この間、プーチン氏を含む政権幹部は「目的を達成するまで作戦は続く」と繰り返し表明しているが、その目的が東部2州の完全占領なのか、南部も含めた4州の占領なのか、ゼレンスキー政権の打倒なのかは、依然としてはっきりしない。
確かにプーチン氏は、ウクライナ侵攻を正当化するために、これまでいくつもの「物語」を口にしてきた。
いわく、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻止するため。ウクライナのネオナチ政権を打倒し、非武装化と中立化を実現するため。ウクライナが核開発を進めているから。ウクライナ東部のロシア系住民の安全を確保するため――などなど。
だが、これらの主張は、いずれも根拠が薄弱だ。
南部クリミア半島や東部2州をめぐってロシアと紛争状態にあるウクライナが、近い将来NATOに加盟できると考える者は、NATO加盟国でも皆無だった。プーチン氏が「ネオナチ」と非難するゼレンスキー氏は、親族にホロコーストの犠牲者がいるユダヤ系だ。核開発疑惑は、ロシアも加盟している国際原子力機関(IAEA)が明確に否定している。14年以来の紛争で東部住民に死者が出ていることは事実だが、ロシアが主張するような大虐殺は確認されていない。開戦後の一般住民の犠牲者の方が桁違いに多い。
では、プーチン氏を突き動かしている執念の正体は一体なんなのだろうか。 22年4月末にプーチン氏自身が語った言葉に、端的な本音が表れている。「(ソ連崩壊時に)ロシアがウクライナ独立を好意的に認めたとき、それが友好的な国家だということが、当然の前提だった」「ロシアの歴史的な領土が『反ロシア』になることは許されない」
ウクライナは本来ロシアの一部だ。それなのにロシアに逆らうなんて、とんでもない。政権の生殺与奪の権はロシアの手中にある、という理屈だ。
プーチン氏がお手本だと考えるのが、西の隣国ベラルーシだ。4月にはルカシェンコ大統領の目前で、こう言い放った。「私たちは、どこまでがベラルーシでどこがロシアかということを特に区別はして考えていない」「ウクライナ、ベラルーシ、ロシアは三位一体だ」
周辺の独立国の主権も領土不可侵も認めず、自らの勢力圏と見なす世界観だ。これは独立国の主権平等という、国連憲章の原則を真っ向から否定する考えであり、帝国主義やソ連の再来を思わせる時代錯誤だろう。
プーチン氏の主張に触れていると、典型的なDV(ドメスティックバイオレンス、家庭内暴力)男が口にするセリフが思い浮かぶ。
例えば、21年7月に発表した論文で、プーチン氏は「ウクライナの真の主権は、ロシアとパートナーシップがあるからこそ可能である」と主張した。これは「君は僕と一緒にいるから、世間から一人前に扱ってもらえるんだよ」と言っているに等しい。