「これだけ崩される状態でもルッツがあそこまでいったのが収穫」
と思い直すと、続く4回転サルコーを美しく成功。一気に集中力を取り戻した。
新たな演技の見どころは、中盤から。かつて4分半だったプログラムをルール変更に伴い4分に短縮するため、ジャンプの助走を削った。すべての動きを洗練させ、曲との整合性が増したプログラムは、かつてない気配りを要する。演技後半に疲れが出たが、その原因も「体力的にというより頭です」というほどの集中力だった。
「前よりも感情が緩やかになりました。前は殺伐としてて、結界を張って何かと闘い跳ね返すみたいなところがありましたが、今は尖っていません。いろいろ達観した上でやっています。それはある意味、映画『陰陽師』の安倍晴明にちょっと近づいてきたかもしれません」
得点はフリー187.60点、総合299.42点。
「フィギュアスケートって毎年新しいプログラムをやりますが、伝統芸能やバレエもオペラも何回もやります。自分はそういう道に行ってもいいかなと思いました。最高の自分の状態と比べられるのはすごく怖いですが、それより上に行けるようにというのを考えているからこそ、極めていくのも一つの形なんじゃないかなと思いました」
次なるステップも見えた。
「ゴールは明確にあります。4回転アクセルを入れて、バラード第一番のようなつなぎ目のない状態のフリーを作ること。難しいとは思うけどトライしたい」
そして夢の4回転アクセルへの思いを語る。
「4回転アクセルは、高難易度としてではなく、自分のプライドとしてのアクセル。トロントに帰ってから、身体のダメージが回復し次第すぐに練習したいです。世界選手権に向けてという気持ち。もうあとちょっとという感じです」
コーチのブライアン・オーサーも言う。
「本当にあとちょっと。必要な技術が何なのか、彼はもうわかっています。あとは時間だけ。その瞬間が訪れる日は、結弦自身が一番わかっているでしょう」
世界選手権まであと1カ月。夢に向かって進むだけだ。(ライター・野口美恵)
※AERA 2020年2月24日号より抜粋