

ここぞという場面で、たったひとりのバッターのためにピッチャーを代える。野球のそんな「駆け引き」が、近い将来、見られなくなるかもしれない。AERA2020年2月3日号は、ワンポイント・リリーフとして活躍した投手たちに本音を聞いた。
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バットが空を切ると、甲子園球場が大歓声で、揺れた。
1999年6月13日、阪神対巨人の大一番。7回表二死三塁の場面で、阪神ベンチは巨人の代打・石井浩郎選手を敬遠、次打者の松井秀喜選手と勝負することを選択した。そのとき、阪神の投手としてマウンドに上がった遠山昭治さん(当時の登録名は奨志、52)はこう振り返る。
「指示を聞いて驚きましたよ。松井くんが怒っているのは顔を見なくても伝わってきました」
松井選手はその前年、本塁打と打点の2冠王に輝いていて、当時すでに日本最強のスラッガーだった。前打者を敬遠し、あえて松井選手と「左対左」で勝負する。誰もが驚く場面だったが、遠山さんは見事、松井選手を空振り三振に仕留めてピンチを脱した。
この年、遠山さんは松井選手を13打数ノーヒットと完璧に抑え込んだ。そのほとんどが松井選手ひとり、あるいは1イニング以下でマウンドを降りる、いわゆるショートリリーフだった。
遠山さんのように、特定の打者を抑えるために登板する投手を「ワンポイント・リリーフ」と呼ぶ。重要な場面で起用されることが多く、投手交代の妙を楽しめる野球の見どころのひとつだ。しかし、いずれそんな場面が見られなくなるかもしれない。米・大リーグ(MLB)は今シーズンから、「投手は最低でも打者3人と対戦するか、イニング終了まで投げなければならない(故障・急病の場合を除く)」という新ルールを導入する。事実上のワンポイント禁止だ。試合時間の短縮を図るのが目的とされる。
冒頭の場面に照らすと、仮に松井選手を打ち取れなかったり四球を与えたりして次の打者が回ってきても、ピッチャーを交代できない。今のところMLBで導入されるだけで、日本のプロ野球は今後1年かけて検討するという。しかし、これまでも大リーグに追随して日本でもルール改正されるケースが多かったことから、波紋が広がった。