妊娠中の女性が風疹に感染すると、生まれてくる子どもが心疾患、難聴、白内障の疾患が生じる先天性風疹症候群になる恐れがある。ワクチン接種でほぼ感染を防げるにもかかわらず、事例が報告されている。AERA 2020年1月20日号から。
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「ワクチンさえ接種していれば……」
神戸市の保育士、西村麻依子さん(37)はそう強く後悔するひとりだ。西村さんは第2子で長女の葉七(はな)さん(7)を妊娠していた12年4月、風疹に感染した。第1子を妊娠した際の妊婦健診で抗体値が低いことがわかり、出産後に予防接種するよう促されていたが、接種しないまま葉七さんを妊娠した。
風疹予防に使われる麻疹・風疹混合(MR)ワクチンは毒性を弱めたウイルスを原料とした生ワクチンで、妊娠中の接種は禁忌。妊娠したら、風疹にかからないよう気を付けるしかないが、社会的に流行してしまうとできる対策は限られる。
感染がわかると、医師には障害がある子どもが生まれる可能性を指摘された。
「私があなたの夫なら絶対に産ませない」
担当医はそう言って、別の病院への転院を促した。
自分のせいだ、と感じた。ただ、子どもを堕ろして「なかったこと」にはしたくなかった。可能性だけで命をなくすことは違うと考え、産んだ。
帝王切開で予定より6週間早く生まれた葉七さんは、1582グラムの小さな赤ちゃんだった。心臓に穴が開き、脳の一部も石灰化していた。先天性風疹症候群(CRS)と診断された。症状は徐々に改善したが、小学校に上がった今も目には強い乱視が残り、軽度の発達障害がある。西村さんは言う。
「ほかの子とは、ちょっと違う人生を歩むことになると思います。娘に一生、しんどい思いをさせることになってしまいました。ワクチンで防ぐことができる事態だった。私と同じ思いは、誰にもしてほしくありません」
西村さんは仕事をしながら風疹をなくすための啓発活動に取り組み、市民講座や学会でのシンポジウムで講演を続けている。
感染症の流行を防ぐには、一人ひとりの接種はもちろん、社会全体での取り組みが欠かせない。感染力が特に強い麻疹の場合、集団の95%が抗体を持っていないと流行すると言われる。そして、予防接種の効果は永遠ではない。だが、日本では大人へのワクチン接種が議論されることは少ない。大人の定期接種は、65歳以上へのインフルエンザと肺炎球菌ワクチンだけだ。