アスペルガー症候群をはじめとする障害や特性によって、夫と心が通い合わず「カサンドラ症候群」に陥る妻たち。悲痛な声に耳を傾けることが、彼女たちの回復の一助となるはずだ。AERA 2019年12月23日号から。
【野波ツナさんの『旦那さんはアスペルガー 奥さんはカサンドラ』の一部はこちら】
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ドタドタドタ。
部屋の隅から走ってきた2歳の息子が視界に入った瞬間、リビングに横たわっていた女性(32)は、顔面に強い衝撃を受けた。口からボタボタ血が滴っている。前歯が折れたようだ。息子にけがはないが、大声で泣いている。
しかし、夫は視線をテレビに向けたまま微動だにしない。日曜の夜9時。女性が救急外来のある病院を探し、電話し始めると、テレビはCMに切り替わった。ようやく夫が「何やってるの」と振り返る。だが、動じる様子はない。女性はひとり病院に向かい、応急処置をしてもらって深夜2時に帰宅した。その間一切連絡なし。そして翌朝、夫は開口一番、こう言った。
「どこの病院に行ったの? タクシー代は5千円くらい?」
なんで私のけがのことよりタクシー代なの? 言い返す気力さえ失った女性に、夫は続けた。
「歯ってもう生えてこないの?治療しないとダメなの?」
心が折れた。
何事にもポジティブで決断力がある──。それが出会った頃の夫だった。クヨクヨしがちな自分と対照的なところに惹かれた。話しかけても生返事で、会話が成立しにくいことはあったが、夫の言動への違和感が強くなったのは妊娠してからだ。つわりなのに無理やり食事に連れ出し、「食べられないの?」と不機嫌になった。陣痛の最中、腰をさすってと頼むと、スマホでゲームをしながら無言で片手を動かすだけ。退院の日にささいなことで言い合いになると、「もう君のことは好きじゃない。赤ん坊はひきとって」と背を向けた。
その後、子どもをかわいがってくれるようにはなったが、お風呂を頼んでも「俺は外で働いているのに。君は子どもと家にいるだけだろ」と迷惑がる。夫にとって私は何なのだろう──。