「高校生のとき、友だちから『竜馬がゆく』を薦められました。『これを読めばお前の人生が変わるから』とずいぶんいわれましたが、なぜか読みませんでした(笑)。どちらかというと、カズオ・イシグロ、村上春樹、沢木耕太郎の世界のほうに近い感じがありました」(小林)

 ただ、旅が好きだった。

「子どものころは、安野光雅さんの『旅の絵本』が好きで、いつも枕元に置いて寝てました。大学時代にバックパッカーで中国を旅行したり、司馬さんの作品では『街道』だけは読んでいました。いま思えば読んでいて良かったです」(同)

 しかし、司馬さんの世界を撮影するのはなかなか難しい。

 幕末や戦国時代の風景はまず残ってはいない。史跡や石碑ばかり撮っても仕方ない。

 織田信長が活躍した「桶狭間合戦場」は住宅街だし、千葉周作が道場を開いた「神田お玉ケ池」には無機質なビルが並ぶ。

「街道」にしても約50年前に始まった連載であり、司馬さんの見た風景はなくなっていることが多い。途方にくれたとき、小林が思い出す司馬さんの言葉がある。

<たとえ廃墟になっていて一塊の土くれしかなくても、その場所にしかない天があり、風のにおいがあるかぎり、かつて構築されたすばらしい文化を見ることができるし、その文化にくるまって(略)動きつづける景色を見ることができる>(1983年「私にとっての旅」)

 小林は言う。

「しばらくその場にぼーっとして、司馬さんの言葉を思い出す。そのうちそれがヒントになり、見えてくる風景がある。言葉にシンクロできる瞬間が、ときどきあります」

 写真集では、約100点の写真が収録され、その半分近くの写真の傍には司馬さんの言葉が並んでいる。言葉に触発され、時空を超えた風景がそこにある。(週刊朝日編集部・村井重俊)

AERA 2019年11月4日号

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