

9月半ばに一周忌を迎える俳優の樹木希林さん。死後、3本の映画が公開され、出された本は130万部を超すベストセラーになった。ますます存在感を増す樹木さんが、死を前に語った言葉とは。
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樹木希林さん(享年75)に「あなたとは、もう映画の話をしたくないわ」と言われたことがある。2016年、ヨコハマ映画祭の打ち上げで雑談していた時のことだ。
是枝裕和監督(57)の話になり、樹木さんは是枝監督のある作品を「全然ダメ」とこき下ろした。私自身はとても素晴らしい映画だと思っているので(言ってしまおう! 「花よりもなほ」である)、「僕は大好きです」と答えた。その時、冒頭の言葉をちょうだいした。
是枝監督といえば、晩年の樹木さんが最も信頼していた監督の一人だ。それでも樹木さんの中では「良いものは良い」「悪いものは悪い」とはっきり口にした。是枝監督と並んで信頼の厚い河瀬直美監督(50)や原田眞人監督(70)らでも、作品の評価はあくまで是々非々だった。
樹木さんが主演した河瀬監督の「あん」という映画がある。カンヌ国際映画祭にも出品された名作だ。樹木さんの傍らにある1本の木から、霧のようなものが立ち上るという幻想的なシーンがある。偶然、朝日が当たって木の根元から蒸気が出ているのを見つけ、カメラを回したのだという。
樹木さんに「素晴らしいシーンでしたね」と言った。すると「ダメよ」と言うのだ。「蒸気を発している根元を映さないと」。なるほど。実際に木が蒸気を発しているところを映さないと、ドライアイスで人工的に作った霧と同じになってしまう。
目からウロコの思いだった。むろん根元が映っていなくても名シーンなのだが、樹木さんはさらに高いところを見ているのだ。撮影現場にお邪魔したりすると、待ち時間に横に座らせてくれて、こういう話をたくさんうかがった。映画記者として、本当に勉強させてもらった。
カンヌ映画祭での会見で質問をしたら「朝日新聞、声が小さいわね」と大勢の前で叱られたこともあった。しょげるどころか、いじってくれてありがとう、という気持ちだった。樹木さんと親しい人たちと一緒に、叱られ自慢をする時のネタを仕込めたくらいの気がしていた。そもそも、いま書いているこの文章自体が叱られ自慢である。
樹木さんの言葉はきつい。しかし不思議なことに、言われた方は決して嫌な感じがしない。「がんになって随分腰が低くなったのよ」と笑う。04年に乳がんが見つかり、13年、全身がんを公表した。