ランビエルは現役時代、まさに高橋の兄貴分的な存在だった。高橋はこう語る。


「ステファンはまさに戦友と呼ぶべき、憧れやリスペクトを持って戦ってきた仲間。彼は、僕にはかなわない技術や表現力を持っているし、彼もまた僕に少なからずそういった思いを持ってくれている」

 宮本もその背景を知ったうえで配役したという。幼なじみでライバルという設定の二人が、一緒に狩りに行く場面は、クールな滑りを交差させあう名シーン。バレエジャンプで跳びあがると同時に矢を放つ振り付けで、二人が交互に射貫くたびに会場から歓声が上がった。

 高橋は言う。

「ルックスも端正なステファンは気品と王者の風格を兼ね備えたスケーターで、僕はそんな彼に勝ちたくて自分を必死にたたき上げてきました。選手として戦ってきた時の気持ちは、今回の光源氏の気持ちにかなり近いと思います」

 可憐な紫の上を演じたリプニツカヤの演技も見逃せなかった。高橋はこう語る。

源氏物語なのにヨーロッパのスケーター?と思ったのですが、衣装をまとった写真を見て嬉しい驚きがありました。特にユリアは、透明感のある美しさが、紫の上のミステリアスな魅力に反映されていると思います」

 また織田信成(32)、村上佳菜子(24)、鈴木明子(34)らのフィギュアスケーターも、それぞれ個性的な役を演じ、舞台を盛り上げた。

 演出の宮本は、5月に前立腺がんの手術をし、その治療を乗り越えての舞台本番となった。

平安時代の源氏物語を、令和版に大胆に改変。スケーターも歌ありセリフありの異種格闘技エンターテインメントになりました」

 とコメント。初日と千秋楽のカーテンコールでは、氷上に現れ、元気な姿を見せた。

 高橋は言う。

「魅せ方は役者の方々から学ぶものが多くありました。また今回のように競技以外の場所でスケーターが活躍できる場所、表現者として表現できる場所、そしてスケートを職業にできる環境を作っていくことを目指していきたいです」

 この氷艶を見て思い出したのは、1990年に作られた映画「Carmen on Ice」だ。当時のトップスケーターであるカタリナ・ビット、ブライアン・オーサー、ブライアン・ボイタノの3人を主演に、古城の床に氷を張ったセットで全幕を演じた作品。アイスショーの領域を飛び越えた名作と評価され、エミー賞を受賞した。

 今回の氷艶もやはり、スケートの枠を超えた芸術だった。会場は、その新しい芸術を深くかみ締めた感慨に満ちていた。(ライター・野口美恵)

AERA 2019年8月12・19日合併増大号

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