見覚え、聞き覚えがある人も多いであろう吉野家のキャッチコピー。変わっていないように思えたコピーは、時代に合わせて巧妙に変化していた。
【吉野家のコピーは絶妙に変わっていた! 1994年以降のコピーはこちら】
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V字回復に導いた救世主は、「超特盛」だった。
2019年2月期の連結決算で、純損益が60億円の赤字となった吉野家ホールディングス。原材料費や人件費の高騰が要因だったが、3月に登場した新サイズの牛丼「超特盛」が、わずか1カ月で100万食を突破する大ヒット。肉やごはんの量を多くするだけの店員に“やさしい”オペレーションに加え、客単価も上昇。7月9日に発表した19年3~5月期の営業利益は約10億円の黒字に。前年同期の約1億7千万円の赤字から、黒字転換した。
人手不足の時代に合った救世主の登場だったが、吉野家はこれまでも時代にマッチさせてきたことがある。あの「うまい、やすい、はやい」のキャッチコピーの言葉を、ひそかに並べ替えていたのだ。
関東大震災後に東京・築地市場内に店を構えた吉野家。忙しい魚河岸の人の胃袋を満たすには、提供スピードが命だが、食のプロを相手にするからには、味の妥協も許されない。
そこで吉野家は、1958年に「はやい、うまい」のコピーをつくった。
丼の上にのせたふたは、はやさにおいて非効率なのでやめた。しらたきや豆腐などの具材はうまさに余計と判断し、削ぎ落とした。ただ当時、牛肉はうなぎと並ぶ高級食材だったため、「やすい」感覚はなかった。
68年には、東京・新橋で2号店を開店。この頃には牛肉の価格も落ち着き、「はやい、うまい、やすい」に変更。このコピーが、高度経済成長を支えた“モーレツ社員”のハートをつかんだ。
その順番について、同社広報課長の寺澤裕士さんが言う。
「入店してからの印象の順番で、牛丼が出てきて速さに驚き、食べておいしい、会計をしたら安い、を表現しただけで、あまり難しいことを考えていたわけではありません」
失敗もあった。急速な店舗拡大に牛肉の供給が間に合わず、フリーズドライの牛肉をブレンドしたことで客足が遠のき、80年に会社更生法の適用を申請。また93年には、冷夏の影響で深刻な米不足に襲われ、タイ米をブレンドして提供することになった。