古臭い言い方になるが、受賞作の新田樹さんの「Sakhalin」には確かな厚みがある。昨年展示を拝見した時にまずそう思った。正確に言えば写真の中に厚みが感じられるものだ。それはもちろん、そこに写されている人々の生き様、時間、時代、事実などの厚みということであり、戸惑い、悩みながらもそれらをじっくり引き出していった作者の誠実で粘り強い取材姿勢と、技巧に頼らない確かな写真の技術力によるものだ。
サハリンと日本をつなぐ長き歴史の断片は、ロシアとウクライナの戦争ゆえにかき消されていくものではなく、残留日本人朝鮮人の方々のご苦労を改めて伝える物語としてここに丹念に編まれている。10年越しのまなざしは、そこに生きた人間の「消息」と私たちのそれを「国境」を越えてしっかりつなげていくものになっている。写真集を貫く母たちの思いと言葉が心に響く。
ノミネートの4人のみなさんの中では、清水裕貴さんの「微睡み硝子」にひかれた。画像を変容させながら、個人的な海辺の記憶や物語を普遍的なイメージに置き換えていく静謐なイメージ。稲毛(千葉市)の旧別荘での「展示」を拝見していないことが悔やまれる。また吉田亮人さんの「 The Dialogue of Two」は痛切な感情を伴うある時間の流れを表現したもので、最後まで残像として焼きついたが、その前編の素朴な展示に対して、後編にあたる今回の美し過ぎる「写真集」に戸惑った。他のお二人も含め、みなさんきっとまたここに名を連ねてくれるだろう。(写真家・大西みつぐ氏)
■離れた場所にいても 自身の家族のような存在
「Sakhalin」は、いま世界が忘れてしまった大切なことを浮き彫りにし、作品を見た人の心から温かい大切な何かをそっと引き出してくれる、そんな特別な作品でした。
新田さんの作品は目新しい手法で作られたものではなく、今回推薦されていた作品には同じようなタイプの作品も昨年より多かったように思います。奇をてらった表現は目を引きますが、それと作品としての解釈はもちろん別の話。「Sakhalin」はとても静かなのに最も存在感がありました。何の下心も欲もなく、ただただ作品と向き合ったという神聖ささえ感じるほどに。