AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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ヤジディ教徒と聞いてピンとくる人はあまりいないだろう。クルド人少数派で国を持たず、イラク、イラン、シリアに住む人びとだ。2018年のノーベル平和賞受賞者ナディア・ムラドがその一人。14年、ISがイラクで彼らを襲撃して多数を殺害し、女性を拉致した後、性奴隷として売買する事件があった。一部が逃亡し、ISと戦うために軍隊を組んだ。
この女性たちに触発された映画が、仏エヴァ・ユッソン監督の「バハールの涙」だ。主演は世界的に活躍するイラン人女優ゴルシフテ・ファラハニ。
「エヴァからヤジディ女性兵士の映画を作るという話を聞いた時、即やりたいと言った。脚本を読み、フランス人女性が現実を深く理解し、素晴らしい物語を書いたことに感激した。彼女たちに起こったことは、歴史上最も残酷な事件のひとつだし、人びとに知ってもらうのは重要だわ」
パリで弁護士をしていたバハール。故郷でISの襲撃を受け、家族を失い性奴隷になったが、逃亡する。そしてISに拉致された小学生の息子を救うために、女性兵士の道を選ぶのだ。
「女性が銃をとって戦ったという事実に基づく映画は、これが映画史で初めてかも。人は男性が戦う姿を映画でずっと見てきたけれど、女性の戦い方は違う。女性には生理があり、乳房があり、子どもを産む。心理的、身体的な違いが戦闘に反映されるのは自然だと思う。どちらが強くて弱いという問題でもなく、異なるということなの」
ハリウッド娯楽大作をはじめ様々なジャンルをこなしてきたゴルシフテだが、バハールははまり役。迫力ある演技が心を打つ。
「クルド語を習得し、厳しい天候の中、重い武器を担ぐなど大変な撮影だった。でもバハールという女性が自分の中にいると感じたの。この事件はもちろん知っていたからリサーチの必要はなく、バハールの痛みを体で理解できた。母や祖母や曽祖母、世代を通し引き継がれてきたイスラム女性の魂が私の中にあるから」
ISによって拉致され行方不明のヤジディ女性は今なお3千人。本作を通して問題の根深さが広く伝わればと思う。
◎「バハールの涙」
ISに人質にとられた息子を取り戻すため戦う女性たちを描く。全国公開中。
■もう1本おすすめDVD 「彼女が消えた浜辺」
ゴルシフテは子どものころから俳優として活躍、イランの国民的俳優だった。ところがリドリー・スコット監督の「ワールド・オブ・ライズ」(2008年)に出演した際、レオナルド・ディカプリオと共謀して反イラン活動を行ったと告発された。外国映画に出演する場合は、イラン政府の秘密機関にすべての情報を提供しなければならないと強制され、フランスに亡命。以後ヨーロッパに暮らす。
彼女がイランの誇る名監督アスガー・ファルハディとタッグを組んだのが「彼女が消えた浜辺」だ。彼女の演じるセピデーは、親戚と娘の保育園の先生のエリを誘って週末をカスピ海のリゾートで過ごす。だが、エリが突然姿を消し、楽しいはずの週末はとんでもない方向へと発展する……。
ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した本作はイラン庶民の日常生活の深部に目を向けつつ、国境を超えて多くが共感できる人間関係のわだかまりと、複雑な人間心理を映し出す。謎解きのような展開は監督の得意とするところだ。
◎「彼女が消えた浜辺」
発売・販売元:株式会社KADOKAWA
価格4700円+税/DVD発売中
(ライター・高野裕子)
※AERA 2019年2月4日号