いまいちばんチケットが取れないと話題の若手講談師・神田松之丞。新進気鋭の講談師として名を馳せた今も、寄席に通っていた当時の自分の視線を忘れないという。業界の未来を一手に担う彼が、現在の心境を明かした。
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ホールは今日も満席だ。登場するや、観客が拍手で迎えた。神田松之丞(35)が張り扇で釈台を2度叩く。
「えー、物販で疲れてまして。開演2分前まで物販やっている奴が、いい芸ができるわけないでしょ」「今日のお客様はいかにもラジオを聞いてそうなお客様が多いですね」
軽妙なマクラに笑いが起こる。観客をほぐしつつ、反応を探る。はじめての客はどれくらいいるか、物語の背景や人間関係は理解できていそうか。
大抵の場合、松之丞の高座には常連客とはじめての客が入り乱れる。人気者の宿命だ。
この日は序盤にこう説明した。
「講談と落語の違いを、(立川)談志師匠は赤穂義士に例えておられました。赤穂義士も当初は三百余人いたと申します。実際に討ち入りしたのは47人、あとはその前に逃げたんですね。いざというときに逃げ出す、本来主人公になりえない弱い人間を主人公にするのが落語のよさ。講談は、普段はどんなにダメでも決めるときは決める、何事かをなす人物を描くんです」
講談は歴史上の人物の物語を脚色を交えて丁寧に読むから、連続ものが主流になる。例えるなら、大河ドラマのイメージに近い。
この日は赤穂義士伝から、「安兵衛駆け付け」「安兵衛婿入り」「荒川十太夫」の3席。何度も読み慣れたネタだ。
四十七士随一の剣客として知られる堀部安兵衛が、若い頃にどう名を上げ、主君に忠義を誓い、どんな最期を遂げるか。
最初の席では、腕は立つが、大酒を飲み努力を嫌うどうしようもない若者が愛嬌たっぷりに描かれる。仇討ちの場面は、汗を光らせ鬼気迫る勢いで活劇を語る松之丞を、500人近い観客が固唾をのんで見守った。
ところが、仲入りを挟んだ3席目では、がらりと変わった静かで凄みのある語り口に、すすり泣きすら聞こえてきた。