
利休が秀吉によって切腹に追いこまれたのち、養子の少庵が京千家の長になり、利休のお茶を守ります。少庵と利休の娘・お亀との間に生まれた宗旦がさらにそのあとを継ぎ、四畳半の茶室・又隠(ゆういん)や一畳台目の今日庵などをつくります。そして、宗旦の三男であった宗左、次男の宗守、四男の宗室が独立したことで三千家がはじまります。宗左の茶室・不審庵は通りの表に面していたことから「表千家」、宗室の今日庵は裏に面していたことから「裏千家」、宗守の官休庵は武者小路通にあったため「武者小路千家」とよばれました。
三千家はそれぞれ大名のおかかえとなり、茶道界の三代ブランドとして名声を確立。明治維新では、茶道をはじめとした伝統文化は文明開化の影響を受けたものの、財閥の支援や女学校への導入などによって、茶道は再評価されていきます。昭和に入ると、ラジオや雑誌などのメディアを通じて、茶道文化は社会により広く浸透していきます。茶道人口の大部分を女性が占めるようになり、「華やかなお稽古ごと」というイメージが定着していきました。
(構成 生活・文化編集部 端 香里/写真 松永直子)
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