秩父は「食」でも訪れる人たちを楽しませてくれる。世界一のウイスキー、本場カナダにも引けをとらないシロップ。気候が、土壌が、豊かな森が生む、風土の味だ。
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「いらっしゃい。ようこそ」
笑顔で出迎えてくれたのは、秩父市にある「ベンチャーウイスキー」社長の肥土(あくと)伊知郎さんだ。2008年から秩父で蒸溜を始めた同社のウイスキー「イチローズモルト」は、ミズナラ製の樽から手作り。世界的な賞を次々に受賞し、日本を代表する蒸溜所の一つと評価されている。
英専門誌が主催する「ワールド・ウイスキー・アワード2018」のブレンデッドウイスキー リミテッドリリース部門で世界最高賞を受賞した、貴重なウイスキーを試飲させていただいた。口に含むと、果物のような芳香に思わずうっとり。キリッとした飲み口は、パワフルさを内に秘めた品の良い細マッチョ。あぁ、うまい。
わずか10年で世界的名声を得た要因の一つが、秩父の気候だ。
「他に比べてかなり早く熟成が進む。3年物なのに『8年ぐらいじゃないの?』と言われることもあります」(肥土さん)
秩父の夏は40度近く、冬は氷点下と寒暖差が大きい。各家庭では夏場、甕で自家製の味噌「おなめ」をつくる。ぶくぶくと勢いよく泡立つ甕(かめ)と、力強く成長するウイスキーが重なる。
蔵には、ここで最初に生まれた「ナンバー1」の樽が眠る。
「秩父で30年熟成したウイスキーの味が楽しみ。味わえたら、いい人生だったと思えるでしょうね」(同)
「秩父はワインづくりにも向いている」というのは、兎田(うさぎだ)ワイナリー創業者の深田和彦さんだ。
昼夜の温度差が大きい秩父はブドウが作りやすい。土壌は粘土質でマスカットベリーAやメルローに合う。仕事の傍ら勉強を続け、15年、ワイナリーを開いた。秩父産のブドウにこだわっているため生産量はまだ多くないが、評判は上々。ミズナラ樽やウイスキー樽、シェリー樽での熟成にも挑戦している。