
中世・ルネサンスやバロック時代の音楽を当時の楽器やスタイルで奏でる「古楽」に注目が集まっている。精神的なストレスから演奏をあきらめかけた音楽家は「古楽に救われた」と言う。モダンな楽器にはないゆらぎ、その魅力とは。
* * *
「貴婦人と一角獣」のタペストリーで有名な、パリ・クリュニー中世美術館を訪れたときのこと。どこかから弦楽器の旋律が聞こえてきた。
クリュニー中世美術館は、古代ローマの浴場跡に建てられた修道院の建物に、中世美術を集めている。古い建物の中、音を頼りに歩いていくと、ローマ時代の遺跡がそのまま残された空間で、演奏会が開かれていた。
聴き入っている人もいれば、1曲だけ聴いて、立ち上がる人もいる。それまで知っていたクラシック音楽とは違う、自由な雰囲気に「この音楽はなんだろう?」と思ったのが、古楽との出合いだ。
ハイドンやモーツァルトなどの古典派音楽が登場する以前の時代、ルネサンスやバロック期の音楽を当時のやり方で、といういわゆる「古楽」の演奏が日本で根づいて数十年になる。
作曲家で言えば、ビバルディやヘンデル、そしてなんといってもJ・S・バッハが代表的な存在といえるだろう。日本では室町時代から安土桃山、江戸時代にかかる頃の西洋音楽だ。
当時使われていたのは鍵盤楽器ならばピアノになる前の、チェンバロ、クラヴィコードといった古楽器たち。「完成された」と言われるモダンの楽器に比べると、調律も難しく不安定だが、言い換えればゆらぎや繊細さもあわせ持っている。
戦後、欧米で当時の演奏や楽器について考える「時代考証演奏法」の研究が注目され、最近では、作品理解のために古楽を学ぶ演奏家も増えている。
「日本では古楽のコンサートが毎日のように開かれています。世界的に見ても、古楽はかなり人気があるのです」
と語るのは、チェンバロ、オルガンなどのソリストで、東京藝術大学教授の大塚直哉さん(47)。