浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
この記事の写真をすべて見る
次から次へと、国境固めの動きが広がっていく…(※写真はイメージ)
次から次へと、国境固めの動きが広がっていく…(※写真はイメージ)

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

*  *  *

 バタン、バタン。ピシャリ、ピシャリ。大陸欧州を通じて、扉が閉まり、門が閉ざされていく。難民・移民の流れを、自国の門前でせき止めようとする動きだ。

 ドイツは、オーストリアとの間の国境管理を強化する。そうドイツが発表すると、ただちにオーストリアがイタリアとの国境管理強化を打ち出す。すると今度はイタリアが自国の海岸線をより強固にガードすると宣言する。次から次へと、国境固めの動きが広がっていく。これが今の統合欧州の有り様だ。一体、どこが統合されているのだろう。

 ドイツの国境管理強化が連鎖反応をもたらすのは、イタリアにたどり着いた人々が、次はオーストリアを目指し、最終的にドイツに到達しようとするからだ。だが、ドイツが全ての人々の受け入れの地となるのは無理だ。オーストリアもイタリアも、あぶれた人々全員を吸収することはできない。

 いずれの国も悩みは深い。ドイツのメルケル首相は、当初、精一杯の寛容さをもってドイツの門戸を開放した。だが、その姿勢が、いまや彼女の政治生命をかつてなく危ういものにしている。あからさまな外国人排斥姿勢をとっていない国々においても、国民の忍耐力が厳しく試されている。その状況に付け込んで、右翼排外主義者たちがどんどん支持をかき集める。

 状況は厳しいが、こういう時こそ、「統合欧州」の統合ぶりが試されるところだ。首脳会議を開けば、誰もが自国第一主義を前面に出す。これでは、何のために集まっているのか分からない。文殊の知恵を編み出すために集まる。その心構えがあってこその統合欧州のはずだろう。

 ヒト・モノ・カネ・サービスの無制限移動。この「四つの自由」は不可分にして不可侵だ。それがEU(欧州連合)すなわち統合欧州の基本理念だ。彼らはそう強く主張する。このことと、国境遮断の将棋倒しはどう整合するのか。移民・難民は別問題なのか。EU域内の「四つの自由」の不可分・不可侵性は、あくまでも対外的な「不自由」の不可侵性を前提にするのか。苦悶は分かるが、欧州人たちには、もう一息深い英知に基づく解を見いだしてもらいたい。

AERA 2018年7月16日号