どうなる米朝首脳会談(AERA 2018年5月28日号より)
どうなる米朝首脳会談(AERA 2018年5月28日号より)
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北朝鮮の核・ミサイル問題の経緯(AERA 2018年5月28日号より)
北朝鮮の核・ミサイル問題の経緯(AERA 2018年5月28日号より)

 戦争と平和の間で揺れ続ける朝鮮半島。史上初の米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで開かれる。その先に何があるのか。日本の正念場も遠くない。

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 舞台は整った。北朝鮮の核兵器をどうするかを入り口に行われる会談へ、2人の駆け引きは熾烈を極める。

 30代半ばの北朝鮮の指導者、金正恩朝鮮労働党委員長。5月7~8日の訪中で習近平国家主席と会って絆を誇示する一方、拘束していた米国人3人を9日に解放した。だが11日に米韓合同軍事演習が始まると16日の韓国との高官協議を中止。北朝鮮メディアは「米朝首脳会談の運命も熟考」と伝えた。北朝鮮が中国とともに米韓と戦った朝鮮戦争から65年、まだ休戦状態が続く。

 71歳のディールメーカー、トランプ米大統領。米国人3人帰国を会談に先立つ成果とばかりに動画をアップする一方、8日に世界を揺るがす発表をした。イランの核兵器開発を防ぐため3年前にできた国際合意から、「イランがウソをついた決定的証拠がある」として離脱。ミサイル開発も批判し、北朝鮮にもにらみを利かせた。

 会談前にハードルを上げる北朝鮮の動きに、四半世紀前の第1次核危機当時の米国防長官ペリー氏は「成功に近道はない」とツイートした。

 ついに両者がまみえた時、何が起きるのか。2人の識者と考えてみた。

 いずれもバラ色ではない3通りのシナリオを描くのは、道下徳成・政策研究大学院大学教授(安全保障)だ。

「可能性は、悪くないシナリオが40%、悪いシナリオ(1)が25%、悪いシナリオ(2)が35%。それぞれの要素が混ざり合うこともありえます」

 まず「悪くないシナリオ」。「非核化と関係改善」で大まかな合意に達して両首脳は胸を張れるが、スケジュールは不明というゆるい成果だ。

 北朝鮮が段階的な核放棄を、米国はそれにあわせた制裁解除や経済支援を約束する。トランプ氏は「過去の大統領にできなかった大胆な行動で北朝鮮を屈服させた」、金氏は「国防のための抑止力が完成し米国が対話に応じた。これからは経済建設だ」と、それぞれ「勝利」をアピールできる。

 だが、合意の実現に何年かかるかわからず、停滞しても「だまされた」と相手のせいにすれば済んでしまう。

 これが道下氏の想定内では一番ましで、あとの二つはかなり際どい。

●あいまい合意、あるいは危機再燃か「悪い平和」か

「悪いシナリオ(1)」は危機再燃だ。対話が始まった後でこじれて危機に逆ブレするという、北朝鮮の核・ミサイル問題の経験則から来ている。米国の先制攻撃寸前まで行った1993~94年の第1次核危機と、米中日韓ロとの6者協議が停滞して北朝鮮が初の核実験をした2006年がそうだ。

 例えば北朝鮮の段階的な非核化について期限を定め、それが守られない時だ。米朝で非難の応酬がエスカレート。昨年9月に北朝鮮外相が言及した太平洋上での水爆実験や、今年初めに浮上した米国による限定的な空爆「鼻血作戦」といった、軍事衝突を招く選択肢がまた取り沙汰されかねない。

「悪いシナリオ(2)」は別名「悪い平和」。北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)など米国に脅威となる能力を強めない代わりに、米国が朝鮮戦争以来の同盟国、韓国を守る姿勢を弱める。トランプ氏は今年3月に支援者との集会で「我々は大きな貿易赤字を抱え韓国を守っている」と語ったと米紙は伝えており、ありえなくはない。

 韓国政治にも詳しい道下氏は、「韓国も反対しない可能性がある。進歩派の現政権が、米韓同盟をよりどころにする国内保守勢力を弱体化させようとするかもしれないからです」と語る。

 米中南北で朝鮮戦争の終結宣言へと動きだす際に、この「悪い平和」へ陥るおそれがある。トランプ氏は「平和になったなら在韓米軍は撤退して大丈夫」として兵力を大幅に縮小させる。米韓同盟が弱まれば、朝鮮半島をめぐる軍事バランスは中朝に有利に傾く。

「韓国はすでに経済的に中国と関係が深い。そのうえ政治的に中立化すれば、朝鮮半島全体が中国の勢力圏になっていく。中国にすれば棚ぼたで、最も望ましいシナリオです」

 道下氏の想定がなべて暗いのは、金氏が突然トランプ氏に会談を打診するなど大胆に見えても、北朝鮮の指導者たちは本質的に臆病だとみるからだ。「世襲の独裁政権が本当に核を捨てて生き残れるでしょうか。疑問です」

●金正恩氏が「本気」なら米朝は国交正常化に進む

 いや、金氏は本気だ。「その本気をトランプ氏に伝える場こそが首脳会談なのでしょう」と、添谷芳秀・慶応大学教授(国際政治)は話す。

 理由は二つ。まず祖父の金日成主席、父の金正日総書記は高齢で、近く後を継ぐ息子を案じて核開発を捨てきれなかった。だが金氏は若く、長期的な交渉の最終地点として、米国から体制保証を得る見返りに核兵器を捨てることをリアルに考えられる。

 もう一つは優先度の変化だ。金氏は4月20日の党中央委員会総会で「新たな戦略的路線」を報告。「経済・核戦力建設の並進路線」について、昨年までの中長距離ミサイル試射や6度の核実験で核兵器は完成したとし、「経済建設に総力を集中する」と訴えた。

 経済優先なら制裁緩和や支援が必要だ。米国を牽制できる核戦力を持ったならもう事を荒だてる必要はない。「首脳会談がうまくいかなくてもすぐ核開発に戻ることはない。非核化を掲げて対話を続ける姿勢に北朝鮮はシフトしました」と添谷氏は言う。

「本気」の金氏とトランプ氏の波長が合い、会談が最もうまくいく場合の成果とは。「非核化への具体的な合意に加えて、朝鮮戦争終結の方針共有。サプライズとしては、国交正常化に向けた日朝平壌宣言の米朝版かな」

 日朝平壌宣言とは、02年の小泉純一郎首相と金正日総書記による初の日朝首脳会談の成果だ。懸案を解決して国交正常化を早期に実現すべく交渉を再開すると表明。米朝でもこうした議論に踏み込むことすら考えられるだけに、添谷氏は「北朝鮮をめぐる今後の対話の連鎖は、北東アジアの平和構築へ地殻変動を起こしうる」とみる。

 では、日本はどうするのか。米朝首脳会談のシンガポール開催をトランプ氏がツイートした翌5月11日、安倍晋三首相は記者団に語った。

「北朝鮮に関わる諸問題が解決するよう全力を尽くす。国際社会と連携し日本の役割を果たして参ります」

 具体的にどうするのか。最悪の展開は、周辺国でいま北朝鮮と最も関係の悪い日本のいない場で、経済支援など「日本の役割」が議論され、それを渋るとより議論に加わりにくくなるという形で後手後手になることだ。

●東京五輪を開催中の日本でJアラートが何度も…

 添谷氏は「日本は米国だけでなく中韓とも近づき対話に加わる。そして、米朝や南北の関係進展とシンクロさせ日朝関係を進める。テコは平壌宣言です」と話す。先に触れた日朝平壌宣言では国交正常化に向けた懸案解決に加え、正常化後の経済支援や北東アジアの平和構築への協力も明記している。

 今は米韓との対話へ動く北朝鮮も経済支援を望み日本に寄ってくる。拉致問題でカードを切ってくるかも──という見方は添谷氏、道下氏に通じる。

 6者協議で07年に非核化の具体化と重油支援で合意した際、日本は拉致問題を理由に支援を拒み批判された経緯がある。道下氏は「拉致問題は非核化とリンクはさせないが、ペースは合わせる工夫が必要だ」と話す。

 実は正念場はそう遠くない。対北朝鮮外交の「2020年問題」だ。道下氏の「悪いシナリオ(1)」にあたる。

 非核化の期限について、日米両政府は北朝鮮に20年までと迫ることも検討中だ。かつての交渉は長引き、その間に北朝鮮を支援したら逆に核・ミサイル開発が進んだトラウマがある。だから河野太郎外相はトランプ氏の任期と絡め、「20年の米国大統領選までに相当前進させなければ」と言う。

 だが、地下にも広がる北朝鮮の核関連施設の全容をつかみ、査察し、核兵器を解体する手間と費用は尋常でない。20年までに成果が見えないとトランプ氏は「再選へ危機を高める可能性がある」(道下氏)。ところが20年は東京五輪だ。北朝鮮が日本に対し、今年の平昌五輪を機に韓国に仕掛けたような対話攻勢に出るかもしれない。

 非核化で成果が出ていれば日朝対話も動かせ理想的だ。だが成果がなければ対話どころか日米で圧力をかけ、北朝鮮が反発してミサイルを撃ち、五輪を開く日本で昨年のようにJアラートが何度も響く──。「20年までの非核化」にはそんなリスクもある。

 北東アジアの平和構築に割って入る胆力と大局観。足場を固め隘路を進む細心さ。米朝首脳会談後の世界は、官邸主導と長期政権で強まったと自賛する日本外交の真価を問う。(朝日新聞専門記者・藤田直央)

AERA 2018年5月28日号