経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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ああ、この人は浦島太郎なんだ。2012年末に第2次安倍政権が発足した時、そう思った。円安にして、輸出主導型成長を取り戻そう。そんな時代錯誤な意気込みを前面に打ち出していたからだ。
そして今、目の前にもう一人の浦島太郎さんがいる。アメリカのトランプ大統領だ。この人の時代錯誤のおかげで、懐かしい言葉の数々がメディアを賑わすようになっている。通商法301条、スーパー301条、不公正貿易慣行、輸出自主規制……。1970年代後半から80年代あたりまでの時期、これらの用語が実に頻繁に新聞紙面に登場した。
あの時代の当初、筆者はシンクタンクの駆け出し研究員だった。というよりは、研究員ではない研究員だった。何しろ、「女子は研究職では採用しません」という言い方が「堂々と」通用する時代だったから。思えば、あれもまた、もう一つの時代錯誤だったといえるだろう。今でも、実質的な男女差別で隠れ時代錯誤をやっている企業たちが存在するかもしれない。
それはともかく、2人の浦島太郎さんはグローバル時代がわかっていない。グローバル時代は誰も一人では生きていけない。誰もが誰かの生産力や創造性に依存して経済活動を営んでいる。アメリカの貿易赤字は、アメリカの経済活動が生み出している。日本の輸出が増えれば、輸出品に投入される輸入部材が増えるから、輸入も増える。輸入できなければ、輸出もできない。
報復合戦で威勢よく牙をむいている中国も、浦島太郎病にはご用心である。中国は、知的財産権侵害で日欧米の強い非難の対象になっている。非難が正当なものなのだとすれば、中国にも時代錯誤性がある。誰も一人では生きていけないグローバル時代において、知的財産は奪ったり盗んだりする対象ではない。分かち合い、学び合い、共有財産としてみんなで大切にしていくべきものだ。
浦島太郎さんたちにつける薬は何か。答えは明らかだ。一つしかない。それは、玉手箱を開けることである。竜宮城から、後生大事に持ち帰った箱を開けた時、彼らは初めて自分たちの時代錯誤性に気がつく。いち、にのさんで、ハイどうぞ!
※AERA 2018年4月16日号