姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
華麗なる北朝鮮の『ほほえみ外交』、こと米国との関係になると…(※写真はイメージ)
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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世界の目がオリンピックに注がれるというその時に、北朝鮮はとびっきりのサプライズを用意しました。金正恩(キムジョンウン)氏の実妹の金与正(キムヨジョン)氏を派遣したのです。2人は、スイス留学でも数年間一緒に過ごしていて、お互いに気心が知れた関係です。しかも彼女は金正恩政権のもっとも重要なキーパーソンです。そのうえ、北朝鮮最高指導者の直系血縁者の公式の訪韓は初めてのことです。そこに国家元首にあたる金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長を名目上の代表にしたのは、五輪出席のペンス米副大統領や安倍晋三首相など、各国首脳との接触や、文在寅(ムンジェイン)大統領との会談を意識した北朝鮮の狡猾な外交戦略によるものでしょう。
文大統領との会談の際には、口頭で大統領の訪朝を促す金正恩氏のメッセージを伝えるだけでなく、南北関係改善を目指す親書も手渡しました。実質的な南北の首脳会談が開催されたと言っていいでしょう。さらに、安倍首相と金永南氏が歓迎会で言葉を交わす一幕もありました。
五輪を舞台に繰り広げられた華麗なる北朝鮮の「ほほえみ外交」ですが、こと米国との関係になると、その神通力は限界を露呈しました。2月8日の平壌(ピョンヤン)での軍事パレードで、北朝鮮は国際的なアピールは抑えたものの、依然として核兵器の誇示は変わっていません。そうした北朝鮮に対して「可能な限り最大限の圧力をかける」とペンス米副大統領は強調し、北朝鮮との接触をことごとく避けました。ただ、帰途、機中でペンス副大統領は北朝鮮との対話を排除しないと発言しており、圧力の維持と対話の可能性という、硬軟交えた外交方針を明らかにしています。
こうして韓国の文政権には、北朝鮮危機の収束について自分たちが今はイニシアチブを握っているという高揚感が漲っているはずです。それが、糠喜びに終わらないためには、米国との意思疎通をどこまでうまくやれるのか、さらに非核化に向けて米朝間の話し合いの仲介役を果たせるのかどうか、すべてはその成果にかかっているでしょう。今後、南北関係や米朝関係がドラスティックに流動化していくのかどうか、見守っていく必要があります。
※AERA 2018年2月26日号