内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
日本は人口減社会の世界最初の実験事例を提供することになる(※写真はイメージ)日本は人口減社会の世界最初の実験事例を提供することになる(※写真はイメージ)
 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 編者として「人口減社会」についての論集を作った。21世紀末の日本の人口は中位推計で6千万を切る。80年でおよそ半減する勘定になる。驚くべきなのは、それがどのような社会的変化をもたらすのかについての専門家による予測が今もほとんど何もなされていないことである。私のような素人が人口減社会の未来予測についての論集の編者に指名されるという一事からもそれは窺(うかが)い知れる。専門家たちが専門的知見に基づいて「これからこうなります」と言ってくれたら、私などに出番は回ってこない。

 それでもようやくメディアで人口減が扱われるようになった。先日読んだある新聞では政治家や行政官、学者が人口減問題について意見交換していたが、結論は「楽観する問題ではないが、かといって悲観的になるのではなく、人口減は既定の事実と受け止めて、対処法をどうするか考えたらいい」というものだった。それは結論ではなく、議論の出発点だろう。最後に政治家(福田康夫元首相だった)が「国家の行く末を総合的に考える中心がいない」と冷たく突き放して話は終わった。人口減については、誰も何も考えておらず、誰が考えるべきなのかについての合意も存在しないということだけはわかった。

 日本は人口減だが、世界の総人口はこれからもアフリカを中心に増え続け、世紀末には112億に達する。今でも地上では9人に1人が飢えている。人口が増えれば、飢餓や環境破壊はさらに進行するだろう。減らせるところから人口を減らすのは人類的には合理的な解である。

 人口減はどういうプロセスをたどり、どういう変化をもたらすことになるのか、日本はその世界最初の実験事例を提供することになる。世界史的な使命を担っているはずなのだが、その緊張感は日本の官民の指導者たちからまったく感じることができない。「婚活」だとか少子化対策だとかを思いつき的に語る以外は、相変わらず、五輪・万博やカジノ、リニア新幹線や官製相場でいずれ経済がV字回復して万事解決というような妄想に耽(ふけ)っている。若者たちが産業構造の劇的な変化を予期して、新しい生き方を模索し始めている姿だけが救いだ。

AERA 2018年2月19日号