稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
これは私が炊いた鍋ご飯。このように「カニの穴」が開いたら成功の証しです(写真:本人提供)
これは私が炊いた鍋ご飯。このように「カニの穴」が開いたら成功の証しです(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【稲垣えみ子さんが炊いた鍋ご飯はこちら】

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 このたび料理の本を出しました。タイトルは『もうレシピ本はいらない』。内容は要するに私の「メシ・汁・漬物」っていう超ワンパターン食卓の大公開なんですが、まあこういう本が一冊くらいあってもいいんじゃないかと。

 だってさ、冷蔵庫をなくしたせいでやむにやまれず江戸時代にタイムスリップしてみたら、なんと1食200円、準備は10分で、毎日走って家に帰るほどウマイウマイと喜んでいる自分がいたのです。人生なんてウマイもん食べられれば大体幸せなわけで、何に頼らずとも自分で自分を幸せにできれば怖いものなど何もなし。だから男も女もレッツ料理と言いたかった。

 すると、本を送った父から思わぬ反応が。なんと「鍋でご飯を炊いてみる」というではありませんか。

 だって父にとって料理とは「やらずに済めば越したことはない」ものだったはずなんです。今はスーパーで総菜が買える良い時代というのが持論。だから母が時間をかけて作った料理にもどこか無関心だった。作りたてアツアツを食べさせたくて「ご飯だよ」と呼んでもパソコンから離れない。不機嫌になる母。そんな光景が繰り返されてきた。

 その母も春に亡くなり、父の一人暮らしが始まっています。一人で暮らすとは一人で食べるということ。何か思うところがあったのでしょうか。

「焦げすぎて失敗」「今日は焦げなかったが芯飯」とメールで報告が入ります。本には「失敗もまた楽しい」と書いたのですが「なかなかそういう心境になれない」とも。

 ちょっと責任を感じて父の家へ。一緒に台所に立ち、目の前でご飯を炊いてもらいます。思った以上に手元がおぼつかぬ。米を容器で量るだけでも粒が散らばる。炊きあがった米を鍋底から混ぜてみせると「混ぜなきゃいかんのか」と目を丸くしています。そうかそんなことも知らなかったのね。こうして出来上がったご飯と味噌汁を向かい合って食べる。「やっぱり誰かと食べるご飯はいい」と漏らす父。母に聞かせてあげたかった。そして我が父頑張れ!

AERA 2017年11月20日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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