「4回転ルッツは危険な技だ。結弦なら、ルッツがなくても世界最高点を出せる」
そう言うオーサーに、羽生は自分の戦い方を説明した。
「いまの世界最高得点はトウループとサルコウのみで勝ち取っていますし、その戦略なら実際にノーミスできる手応えもあります。でも、手堅い戦略を取ると、自分がスケートをしている意味がなくなってしまう気がして。芸術に特化したら、それは試合じゃないと思うんです」
オーサーはこの説得を受け入れ、羽生は4回転ルッツの練習を始めた。迎えたロシア杯フリー。公式練習での成功率は1割程度で前日のショートプログラムは2位だった。それでも羽生は、挑戦することで気持ちを高揚させた。
「周りも自分も4回転ルッツを決めることを期待しています。しっかりと、勝ちに向かって貪欲に挑みたいです」
そしてフリー冒頭。4回転ルッツを見事に成功させて、「本番強さ」を示した。
「やっとこの構成に挑めました。これを一つのステップとして完成度を上げていきます」
とは試合後の弁だ。
もちろん、功罪両面を理解している。メンタル面では「功」の側面が大きい。羽生自身がこう話している。