筒井:日本は近代化後発国として、明治維新以降欧米の進んだ制度を取り入れて、大きな成功を収めてきました。ところがバブル期以降あたりから、日本型の政治経済モデルが成熟してきたなかで、自分たちの成功体験に囚われてか、外のモデルをうまく取り込むことが苦手になってきたのかもしれません。
たとえば、日本の企業は1990年代後半、アメリカをまねて成果主義の賃金体系を導入しようとしました。しかし、年功序列を完全に打ち破ることはできず、賃金体系は今もほとんど変わっていないという状況です。
実は、アメリカは相当特殊な国なのです。だから成果主義に限らず、アメリカでうまくいっている制度だからといって、それをそのまま日本にもっていってもうまくいかないことはたくさんあります。私のような社会科学者の仕事は、そういう制度改革の種を分析して、どういうふうに微調整を加えればうまく日本に根づくのか考えることだと思います。
他国でうまくいった制度を取り込むことの難しさは、なにもアメリカと日本の間に限りません。新制度論と呼ばれる社会学の分野での重要な知見は、外から取り入れたシステムはその国のそれまでの慣習や実際の社会的要請などとの間に齟齬を起こしやすく、「デカップリング」と呼ばれる制度と実践の乖離が起きやすいというものです。
たとえば、人権の仕組みです。第二次大戦後の国際社会では、人権が世界共通の普遍的なものだということで、世界のどこにでも同じ考え方をもっていかなければ駄目だという発想でずっとやってきました。それで多くの政府が国際人権条約を批准したり国内人権機関を作ったりするわけですが、ただ国際的な人権規範をそのまま当てはめようとするだけでは、社会のあり方が違う国・地域では、うまくいかないことが多いわけです。女性の権利や子どもの権利に対する考え方が違う国・地域で、国際基準を押し付けてもうまくいかない。そういうことがようやくわかってきました。