
プロボクサー井上尚弥が8月21日売り(8月28日号)AERA表紙に登場した。ボクサーらしからぬきれいな顔。傷痕一つ見当たらない。「打たせないで打つ」を極めると、こんな顔でいられるのか。
「ボクシングは生活の一部。王者になっても大きくは変わらない」
アマチュア経験のある父・真吾さんの手ほどきを受け、6歳からボクシングを始めた。高校卒業後、父の勧めもあって半年ほど、倉庫で仕分けのアルバイトをした。時給800円。「お金のありがたみが分かったと思う」。いまも練習中心の日々だ。
プロ13戦で世界のベルトが2本。倒されたことも、血みどろの激闘も経験がない。数年前、テレビ番組の企画で体力測定をすると、
「一般の運動神経がいい人と同じくらいでした」
それがリングの上では空間を支配し、自分のパンチを一方的に当て続ける。
「自分の感覚をつくりあげてきた。一瞬の判断は、人よりできる」
3年前、プロ46戦で一度もダウンしたことがなかった名王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦。2ラウンドで4度倒し、世界的評価をつかんだ。
「相手の評価も含めてベストの試合。四つとも違うパンチで倒せたのも良かった」
試合の動画は世界中に拡散した。
時代も背中を押した。少し前なら本格的な試合は高校生からだったが、小学生の頃にキッズボクシングが普及。国内にとどまっていた日本の王者の評価は、今はインターネットに乗ってどこまでも届く。本場・米国で不人気だった軽量級も、世界4階級制覇のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)の出現で変わった。愛称ロマゴンとの対戦は、ファンが熱望しているカードだ。
「対戦するなら打ち合う覚悟が必要ですし、きれいにはいかない。でも、やってみたいです」
父がトレーナーで、弟の拓真さんも世界を狙う逸材。友人らと楽しむカラオケの持ち歌は、C&K、AAAから昭和の歌謡曲まで幅広い。
米ロサンゼルス近郊で9月9日(現地時間)、初の海外試合に挑む。不安は現地での調整と、父が大の飛行機嫌いなことだ。
「これは乗せちゃえば降りられないので」
いたずらっぽく笑った。(朝日新聞スポーツ部/伊藤雅哉)
※AERA 2017年8月28日号