●世界でも特別な日本

 ザハーロワを追う世代も層が厚い。今年の来日公演で、日本の観客に親しんだメンバーでは、可憐で正確な踊りをきわめるエフゲーニヤ・オブラスツォーワや、情熱的な舞台が強い印象を残すエカテリーナ・クリサノワ。さらに、台頭する若手としてスミルノワと、ユリア・ステパノワが控える。

 男性プリンシパルでは、ボリショイ流超絶技巧の体現者、イワン・ワシーリエフが一時代を築いた後、続く世代に、ウラディスラフ・ラントラートフ、アルチョム・オフチャレンコ、デニス・ロヂキンと、必見ダンサーは枚挙にいとまがない。
 そんなダンサーたちが踊る場所として、ディープなバレエファンが多い日本は、世界の中でも特別な位置を占める。

 スミルノワとチュージンは今夏、元パリ・オペラ座バレエのエトワール、マニュエル・ルグリ(現ウィーン国立歌劇場バレエ団・芸術監督)による「ルグリ・ガラ~運命のバレエダンサー~」のメンバーに選ばれて、ヨーロッパの味付けをされたパ・ド・ドゥ(二人の踊り)に挑戦する。

 ザハーロワは、9月にセルフプロデュース公演「アモーレ」を日本で初演する。これは、夫でもある世界的バイオリニスト、ワディム・レーピンが芸術監督を務める「トランス=シベリア芸術祭 in Japan 2017」の一環。同時代の振付家3人とコラボレートする3本立てのプログラムを組み、ロヂキンらボリショイのスターたちを共演者として引き連れる。

 千野さんとロシア人の夫との間に生まれた、千野円句(まるく)さんは、千野さんと同じく、ボリショイ・バレエ・アカデミーに学んだ。今年6月、世界3大バレエコンクールの一つ、モスクワ国際バレエコンクールの男性ジュニア部門ソロで優勝。ボリショイ入団の道が開かれれば、岩田さん以来、日本人としては2人目、22年ぶりの快挙になる。

 半世紀前。不世出のプリマと称されたプリセツカヤは、世界に名声を轟かせながら、それゆえに当局から亡命を警戒され、長く国外での公演を禁止され続けた。

 時が流れて現在。モスクワの扉が開かれたことで、スターたちの豪華な競演を、私たちは享受できる。自由な時代を祝福したい。(ジャーナリスト・清野由美)

AERA 2017年8月14-21日号