「ただし、経済の先行きが不安であることは確か」

 王さんの実家周辺は農村地で、生活は貧しく、何かに投資する余裕はない。一方の張さんは両親が公立学校の教師。農家なら土地を売る、商売人なら新たな商売を始める、という道があるが、教師ではいずれも難しい。

 だから、不動産、マンション購入が資産防衛の手段だ。人民元の価値が下がっても、不動産があればなんとかなるだろう、と考えている。

「一人っ子政策が長く続いた中国では、少子高齢化も大きな問題なので、今のうちに資産を、という気持ちが強い。両親の世代は自分たちより貯金があるので、頭金を払える。親子が一体となって、マンションを購入するのです」

 日本の大学に進学し、日本語を流暢に話せること、言い換えれば「教育への投資」が将来への投資につながり、結果的に一族の「資産防衛」とならないのか? そう投げかけると、無言で首を振った。

「10年前なら違った。今は留学経験がある中国人が増えているので、競争が激しい」

 例年、6月には2日間にわたり、中国の全国大学統一入試、通称「高考(ガオカオ)」が実施される。中国の大学はほぼ全て国立大学で、この日以外に試験のチャンスはない。大学受験の熾烈さは、日本の比ではない。

「よく言われるのは、貧乏人、貧乏な生活から抜け出すには高考しかない」(王さん)
 選択肢がほかにないのだから、10代のすべてを捨ててでも、必死で挑戦するしかないのだ。

 農村出身で、北京の有名国立大学を卒業したある中国人は「高校3年間、同級生の顔や名前を一人も覚えていない。勉強以外記憶がない」と言っていた。その話をすると、王さん、張さんともに大きく頷いた。(ライター・羽根田真智)

AERA 2017年7月17日号

[AERA最新号はこちら]