今年のインフレ率は800%とも1千%ともいわれる。陽子さんによると、未曾有の食糧難で、食物を求めて人は野良犬と一緒にゴミ箱を漁り、赤ん坊には米やパスタのとぎ汁を与えるしかない。必要最低限の薬も手に入らないのだという。
陽子さんは週1回、強盗に怯えながら、朝から各マーケットを回って食料品を集めた。自宅には有刺鉄線を張り巡らせ、警報装置をつけた。
「いよいよこのままでは殺されると感じ、精神的に不安定になり、知人の誘いで、まずは私だけが日本に一時避難したのです」
結局、そのままベネズエラには戻れず、夫はカラカスの自宅に留まり、娘は、陽子さんが出国した数カ月後、別の国へ。海外へ出国したベネズエラ人には、一家離散が少なくないという。
陽子さんにとって日本の生活は「浦島花子のよう」。しばらく部屋に閉じこもっていたが、ベネズエラの現状を多くの人に知ってもらおうと、SNSなどを通して情報発信を始めた。それが、ベネズエラに平和と安泰が戻ること、家族や友人たちを守り、いつかベネズエラへの帰国につながると考えている。
「日本人には、遠い世界の出来事に思えるかもしれない。しかしちょっと間違えれば、同様のことは起こりうる」(ライター・羽根田真智)
※AERA 2017年7月17日号