●iPadで魚屋

 ニューウェーブの魚屋には、ITを活用した「魚のない」ユニークな店もある。東京・国立のオーガニックストアの一角に店を構えるiPad魚屋の吉川仁さん(64)。訪ねてみると、店に置かれているのはiPadだけ。“リアル魚”は画面の中にいる。北海道・小樽の三角市場の川嶋鮮魚店とネットでつながっているのだ。

「お~い、だれか手のあいている人いる?」

 さっそく買い物してみることにした。吉川さんがiPadに呼びかけると、店員がiPodtouchのビデオ通話機能を使い売り場を案内してくれる。

「今日のおすすめはカスベとタコの足。見てください。タコ、まだ動いていますよ」

 アップにすると本当にニュルニュル動いていた。カメラと一体になって店内をめぐると、シャコ、カキ、ホタテ、ハッカク、カニ……ピチピチの魚介類が次から次へと現れ、口のなかにつばがたまってくる。

 吉川さんがiPad魚屋のアイデアを考えついたのは10年ほど前。小樽で育ち18歳で上京。新宿・歌舞伎町をぶらぶら歩いているときに、ふいに故郷のホッケが食べたくなった。

「小樽のホッケは、東京のとは味も大きさも全然違う。子どもの頃は1匹が10円や20円。ホッケの開きで育ったようなもの」

 東京と小樽は約千キロ離れている。でも、いま欲しい。そのとき頭に浮かんだのが、テレビ電話の技術だ。うまく活用すれば、ドラえもんの「どこでもドア」のように、欲しいものを距離を飛び越え手に入れることができるはず。

「11年にフェイスタイム搭載のiPad2が発売され、実現できる環境が整いました」

 吉川さんの本業はトラックの運転手。週末だけの副業で、吉祥寺の路上で始めたところ、1日で10万円売り上げる日も。吉川さんの取り分は売り上げの15%だ。

●ノマド魚屋を夫婦で

 しかし、ふと思う。双方向の通販とどう違うのか? 実は吉川さんの果たす役割が大きい。小樽の店が混んでいるときには、東京の客も一緒に順番待ちするよう交通整理する。このため鮮魚店は画面に縛られず、ストレスなく営業ができる。「もっと大きいのを見せてあげて」「料理しやすいのは、こっちの魚かも」。客の様子を見て適宜サポートもする。商品が決まると吉川さんがiPadに明細を打ち込み、客と鮮魚店にメールで送信。その場でスピーディーに支払いができる。画面越しの相手でなく、目の前にいる人に支払う安心感も大きい。

「5年以上、iPad魚屋をやってきているけれどクレームはゼロ」

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