稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中
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 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 母が亡くなって残されたものは大量の洋服でした。おしゃれには人一倍のこだわりを持ち、認知症が進んでも懸命に服選びをしていた姿を思えば捨てるには忍びない。とはいえ、私や姉が全てを引き取ることもできません。

 で、思いついたのが展示販売。死んだ身内のものを売るなんてどう思われるかと躊躇もしたのですが、勇気を出して馴染みのカフェに相談すると「ぜひやりましょう!」。ああ持つべきものはお友達。というわけでカフェの壁を舞台に、母経子の名にちなみ「ツネコレ」開催です。お代は一律500円。引き取っていただけるだけでありがたいけれど、タダでは大切にしてもらえないかもとこの値段に。

 そして思いもよらぬことに、3日間で60点ほどがほぼ完売となりました。

 嬉しかったのは、見知らぬ方々が「ツネコって誰?」と関心を持ってくださり、恐る恐る「母です。最近亡くなりまして」と趣旨を説明すると「おしゃれな方だったんですね」と口々に絶賛してくださったこと。平凡な一主婦だったツネコ、まさかの現世デビューです(笑)。恥ずかしがり屋の母も草葉の陰で喜んでいるに違いありません。

 そして展示して改めて、母の好みの頑固さに驚く娘でありました。流行や値段に振り回されないというのは現実には非常に難しいけれど、母はそれを徹底して通していたのです。安くても高くても、自分が本当に好きなものを真剣に選んでいた。だからこそ人を惹きつけたのだと思います。そうか。ものを買うとき「自分が死んでも誰かが喜んで引き取ってくれるかどうか」を基準にすればいいんだな。そうなんだ。

 人は死んでも思いは引き継がれる。

 買った服を翌日にわざわざ着て店に来られ、「愛用させてもらいます」と報告してくださった方までおられました。涙が出ました。

 今日もあちこちで、母が選んだ服を着ている人がいるのかも。そう思うと実に愉快です。生きる勇気が湧いてくるのです。

AERA 2017年6月5日号