――登頂記録にカメラは欠かせませんね
1975年のエベレスト登頂のときは、持たされたカメラでした。いざ山頂を目指すときにベースキャンプで新聞社の人に「これで登頂記録を撮影して」と渡されました。ダイヤルなんかはガムテープで固定してシャッターを押すだけでいいようにセットされてありました。ASAHIと書かれていたからペンタックスだと思いますけど、こんな大きいのを持って行くのかと思ったんです。とにかく押すだけでいいと。だけど、登頂して撮ろうとしたらシャッターが下りない。すごく焦って、トランシーバーで「シャッター、下りません!」って通信した。そうしたらバッテリーを確認しろと。バッテリーは大丈夫だけどフィルムはカリカリ、凍っちゃったんですね。じゃあ全部抜けと言われて入れ直して、「あ、動きました」と言って撮ったのがすごく印象に残っています。
それと山頂に立ってシェルパを撮ってあげますよね。ファインダーを覗(のぞ)いたときに、「ああ、頂上だ」という実感がわいてきました。登頂したときに、これでもう登らなくていいんだと思ったんですが、写真を撮る作業で感激がありましたね。山頂は狭いから怖いんです。雪を踏み固めて半畳くらい。撮影の際に向きを変えるのがひと苦労。ネパール側を撮り、カメラから1回手を離して、きちんと足の向きを変えてチベット側を撮る。歩きながらカメラを構えるなんてできません。
――それからカメラは
90年以降にタロムンの人と知り合い、「このレンズ使ってみない」と渡されたのがマクロレンズ。接写で花を覗いたら別物に見えて驚いた。繊毛(せんもう)まではっきり見えました。また望遠レンズの300ミリで山を見ると、これも別世界。「あ、私がいつも見いていた世界と違う」という感じでした。
――レンズに興味を持ってカメラを買ったんですね
女性には扱いやすいとアドバイスされて、キャノンEOS KissIIIを買いました。それから旅の友になった。高山にはこの重さは持って行けないけど、ベースキャンプに行く過程でたくさん撮るんです。風景や人々の生活、女性のアクセサリーとか髪の形とか……いろんな少数民族がいて、それが面白い。「撮らせてね」という感じで撮っています。花も低地では自由に撮れますが、高山に行くと隊列の足並みを乱せないし、やはり自分の一歩が怖いですからカメラを構える余裕はないですね。
――EOS KissデジタルNもお持ちですね
周りにデジカメで撮っている人が多くなり、やっぱりこれからはデジカメかなと思って買いました。仕上がりが自分の見た目と違う感じがしてまだ使いこなせていないんですが、フィルムを持って行かなくていい。海外へ行くときのフィルムの重さというか、荷物の量が違います。今年4月から5月にヒマラヤへ行ったときには、デジタル一眼レフのEOSは重いと思い、ソニーサイバーショットP10だけにしました。再生はしませんが、45日間バッテリー3つで充電しないで大丈夫でしたよ。ただ、紫外線が強いので液晶画面が反射で見えない。撮影は勘です。それに高山で撮るのはけっこう厳しいんです。態勢がきちんと保持できるところじゃないと撮れないし、雪崩がきそうだと「早く行け」なんて言われるから、とても撮ってはいられない。
――登山の装備のなかでカメラはどんな位置ですか
山にもよりますけど、標高が低い山だったらEOS KissIIIを持って行って楽しみたいんですが、マナスルみたいに8000メートルとなるとやっぱりフィルムは重いし、食えないし(笑)。そのぶん、食料を持って行ったほうがいいかなって……。だけど今はシェルパもデジカメと携帯電話を持ってるんですよ。山頂で、携帯でガシャッと撮っているの見てびっくりしました。時代は変わったなと思いましたね。
※このインタビューは「アサヒカメラ 2006年8月号」に掲載されたものです