スムーズな復帰は職場の理解に負うところも大きい。とはいっても、ワーキングマザーが少ない職場では同僚がその実態を思い描くのは難しい。それなら“予行演習”してみよう、と実験を始めたのが飲料メーカーのキリンだ。昨年9月から子どものいない営業職社員の女性5人が1カ月間、「なりキリンママ」として疑似体験した。ルールは実際のワーママから5人が聞き取りして設定。定時退社に加え、「子どもの発熱」による急な休みの指令が社外からランダムに送られてくるという徹底ぶりで、実際に「発熱」指令を受け、商談を上司に任せた社員もいたという。
●敵は自分の思い込み
実験の結果、5人の残業は月平均30時間から15時間へ半減した一方、業績は前年維持で全国平均を上回った。とも君という1歳の息子がいる想定で定時退社を徹底したメルシャン首都圏営業の河野文香さん(30)は、
「営業が大好きですが、出産したら内勤かなと漠然と考えていました。でもそれは、遅くまでお店を回って『足で稼ぐ営業』という像に縛られていたから。敵は自分だった。今は、働き方を変えればできると思えます」
●働く意味で揺れない
予測不能の発熱指令を見据えて早めに仕事をこなし、移動時間短縮のために外勤は直行直帰。資料作成は既存のものを効率的に再利用。頭がすっきりしている午前中は考える仕事、午後は外勤に振り分け、商談の時間帯も自分で調整するようにした。早めの帰宅で、夕方のスーパーの品ぞろえや購入層の実態を直に見ることができた。帰宅後に勉強していたソムリエの資格試験にも合格した。河野さんは疑似ママ体験後、実際に妊娠。いまは「出産後もフルタイムで営業に復帰したい」と思っている。
上司で、首都圏流通第一支店長の川埜竜一さんは、
「得意先でマイナスの影響もありませんし、刺激を受けた同僚が効率よく仕事をして早く帰ろうという意識が高まっています」
と評価する。同社は4月以降、「なりキリンママ・パパ」のマニュアルを整備し、男性社員を含めた実験に乗り出すという。