陸上部だった友人に取材し、栄養面についても考えた。人間の体には、90分を走るだけのエネルギーしか入らないそうだ。ウエストポーチに、10キロごとに補給する栄養ゼリー3本、筋肉疲労を回復するアミノ酸サプリメント6本、塩飴6個を用意。本番3日前から奥さんに頼んで夕食はパスタなど炭水化物を増やしてもらい、前日は糖質を効率的に燃やすビタミンB群たっぷりの鰻、当日の朝はカステラ、おにぎり、みかんをスタート4時間前に食し、エネルギーを満タンにした。
練習はしていない。準備は完璧! のはずだった。そう、乳首のケア以外は……。
当日は朝から快晴で暑くもなく寒くもなく絶好のマラソン日和だった。紙吹雪舞う中、笑顔で手を振る小池百合子知事を横目に、西新宿の都庁前を午前9時10分にスタート。3万人以上のランナーが、浅草や両国、銀座といった名所を通りゴールとなる東京駅前を目指す。1キロ=8分を40回繰り返すだけ、そう念じながら沿道の声援にも応えずに足元だけを見て黙々と走ることに専念した。
20キロメートル地点までは素晴らしく快調だった。予想以上に周りのランナーのペースが速く、つられて1キロ=7分台ペース。だが、息は上がらない。道のど真ん中を走るのが楽しい。え? もしかして初フルマラソンで5時間切っちゃう? などと楽観的に考えられていたのも25キロ地点までだった。次第に足の裏が痛くなり、体全体が重くなる。ペースは落ちて1キロ=9分台に。そして、冒頭の乳首擦れ事件が起きた。
35キロメートル地点で走れなくなった。前かがみで歩きながら、暑いのでウインドブレーカーを脱ぎ、ゼッケンをTシャツに付け替えようとして、さらなる事件が起きた。安全ピンを乳首付近にチクリ。いたーっす。足は痛いし、乳首は痛い。そして何故かアイフォンの音楽アプリが突然ばかに。銀杏BOYS、Eastern youth、BRAHMAN――。折れそうになる心を支えるためパンクとロックをノリノリで聞いてきたのに、大昔に入れた英語のリスニング教材しか流れなくなった。
「Junko goes to the museum」
行かないから、博物館には。満身創痍(そうい)で独りごちながら、残り2キロをなんとか力を振り絞って走った。ゴール。タイムは6時間9分。みなさん、乳首のテーピングも忘れずに。
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