日本医科大学教授だった西野武士さんが、世界最高性能の放射光を利用する大型実験施設「SPring-8」を駆使して、目指す薬と酵素の複合体の立体構造を突き止めたことも、製品化を大きく後押しした。
このほか生活習慣病薬では、田辺製薬(現・田辺三菱製薬)の合成化学者が、インスリンに依存せず、血中の糖を尿中に排泄するという全く新しいタイプの治療薬(SGLT2阻害薬)のコンセプトを提唱した。カナグリフロジン(カナグル)は13年、米国でいち早く製剤化された。
自己免疫疾患である関節リウマチでは、近年、抗体医薬(抗体が抗原を認識する特異性を利用した医薬品)と呼ばれる画期的な生物学的製剤が革命をもたらした。本来は外敵を攻撃する免疫系が自己を攻撃するのは、免疫細胞がシグナルとなる情報伝達タンパク質(サイトカイン)を産生するためだ。大阪大学の岸本忠三さん(のち大阪大学14代総長)らは、インターロイキン6というサイトカインを発見した。中外製薬と共に開発したトシリズマブ(アクテムラ)は、国産初の抗体医薬だ。
岸本さんは、生きた証しとなる薬を残せたことを幸せだと感じ、「アクテムラが、アスピリンのように世界中で誰でも知っている薬に育つこと」を夢に描く。
そして、21世紀に入って熱い期待を集めているのが、がん免疫療法である。京都大学の本庶佑さんらが発見した免疫チェックポイント分子(免疫にブレーキをかける分子)PD-1の働きを阻害するオプジーボ(ニボルマブ)は、本庶研究室の貢献により、14年に小野薬品工業から世界に先駆けて発売された。
日本人研究者が世界に送り出した薬をもっと誇りに思っていい。そして、どんな薬も完全無欠とは言えず、創薬の営みに終わりはない。(ジャーナリスト・塚崎朝子)
※AERA 2016年11月7日号