鉄道会社がニュータウン開発を始めて1世紀。阪急電鉄の創始者、小林一三が作り上げた経営モデルが岐路に立っている。ニュータウンの光と影を追った。
かつて「多摩の田園調布」の異名をとった高級住宅地が、東京都多摩市にある。
その名は「桜ケ丘住宅地」。
最寄り駅は、新宿から京王線特急で約30分の「聖蹟(せいせき)桜ケ丘駅」。駅を出て坂道を上ると、山を切り崩して造成された場所に家々が整然と並んでいる。
実はこの住宅地、ジブリファンにとって「聖地」ともいえる場所で、ジブリ映画「耳をすませば」の舞台として知られる。映画は中学3年の女の子、月島雫の初恋を描いた物語。駅から住宅地に向かって歩くと、映画に出てきた坂道や神社、ロータリーなど映画そっくりの風景が点在する。丘からは、雫が「空に浮いているみたい」と感激した美しい街並みも広がる。
住宅地を開発したのは、京王電鉄だ。同社が最初に手がけた大規模ニュータウンで、1960年に工事を始め、62年に分譲を開始。71年までに約1300区画の販売を完了した。新時代の高級分譲地を目指して造られ、都市ガスなど近代的な都市生活に必要なものを備えた、国内では類を見ない本格的な街だった。子育て世代がこぞって入居したが、半世紀以上が経ち、深刻な高齢化にあえいでいる。
●「坂道はつらいわ」
8月下旬、残暑の中、杖をついて住宅地の坂道を歩く住民の女性(82)は、「坂道はつらいわ」とため息をついた。
65年ごろ、結婚して子どもが生まれたのを機に埼玉県から移り住んだ。同時期に神奈川県内にできたニュータウンへの引っ越しも考えたが、最寄り駅に特急が止まる便利さと、何より環境が気に入ったという。
今もその美しい街並みと静かな環境は変わっていないが、住民が老いた。桜ケ丘1~4丁目の現在の人口は約6千人だが、高齢化率は約38%と、3人に1人以上は65歳以上だ。
最大の要因が、坂道だ。住宅地までは駅から大きく曲がりくねった急勾配の坂道が1キロ近く続く。高低差は約50メートルあり、歩くと中心部まで20分近くかかる。若い世代はこの坂道を嫌い、成人すると街を出た。先の女性の2人の子どもも結婚すると、通勤に便利な都心のマンションに引っ越したという。
住民によれば、バブル期、住宅地は1坪当たり400万円の値がついたという。89年10月27日の朝日新聞は、桜ケ丘の80坪の土地と家を売り2億円を手にし、広島に一戸建てを買い、息子には都内のマンションを買い与えたという、ある女性の逸話を紹介している。それが今や、
「1坪当たり40万円から60万円。平均で50万円程度でしょう」(地元の不動産業者)
●空き家増え治安も心配
当時の8分の1近い価格だ。それでも買い手は容易につかず、住宅地には空き家や草が生い茂る空き地が点在する。先の女性は、治安も心配だという。