もう一つは、海外のバレエ団との距離感だ。

「情報も多く、(DVDやインターネットを通して)映像を見ることもできる。決して遠い存在ではなく、海外に渡ること自体を特別なことと感じなくなっているように見えます」

 それでも、日本のバレエダンサーが海外に出て苦労することは変わらない、と吉田は言う。自身が最も苦労したのは、「表現」。表現したい気持ちはあるが、その気持ちをどのように外に出せばいいのかがわからなかった。

 日本のバレエ教育では、技術の習得に重きが置かれる。だが、ロイヤル・バレエ団では手の差し出し方の表現一つとっても、細かく指導が入る。それを研究し、自分なりの表現に落とし込む。

「技術は大切ですが、それだけではアーティストとは言えない。個性や人間性も大切です。もちろん、それだけあればいいわけでもない」

 バレエの表現力は、「人生経験によって豊かになるという側面もある」と感じている。自身も海外に出たことで、バレエしか見えていなかった人生に広い視野が加わった。

「海外に出ていなかったら、性格も考えも何もかもが、まったく違う人間になっていたと思う。10代で世界に出るという経験は、本当に大きい」

 日本でスキルを身につけた若きダンサーが、世界に出て表現する力を一から学ぶ。同時に、世界のなかでもまれ、人間的にも成長し、そのことがバレエダンサーとしての幅を広げてくれる。そう考えると、海外に飛び出した日本のダンサーたちが頭角を現すのは、自然な流れなのかもしれない。

●日本人を意識しない

 国内外のトップダンサーが、講師としてレッスンを受け持つ「スタジオ アーキタンツ」の代表、福田友一は、「海外で経験を積んだ30代以上のバレエダンサーが帰国し、指導者になっていることも大きい」と話す。

 経験を積んだ先駆者たちは、「日本のバレエ教育に足りないもの」を知っている。指導者となって、コンテンポラリーダンスや表現に力を入れるケースが多い。彼らの存在が良い循環を生み、結果的に日本のバレエのレベルが底上げされているのだ。

 吉田がこんな話をしてくれた。日本人バレエダンサー2人がプリンシパルに昇格したことが、日本でニュースになっている、とロイヤル・バレエ団の芸術監督に伝えたところ、こんな返事が返ってきたという。

「自分としては、“日本人”をプリンシパルに昇格させた、という意識はまったくないよ」

「日本の」という枕詞はもういらない。それほどのレベルに、彼らは到達しているのだ。(文中敬称略)

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2016年8月8日号