ここ数年、保守党政権のカナダと民主党が政権を握る米国は、隣国同士であるにもかかわらず関係が悪化していた。特に焦点になったのは、「キーストーンXL」と呼ばれたカナダから米南部への石油パイプライン敷設計画だ。カナダから粘性が高く環境に有害な石油が流れ込むことに、米国の住民や環境団体が強く反対し、大規模なデモが何度も行われた。オバマ政権も否定的な見解を示していた。しかし、ハーパーは「国益のため」と強く主張し、膠着状態が続いていた。
オバマ政権は、トルドーが首相に就任したわずか2日後、パイプライン建設を却下する方針を発表した。「米国の国益にならない」と判断したという。一方で、初の電話会談に臨んだトルドーは、オバマから、
「バラクと呼んでくれ」
と言われたことを明かした。オバマは各国首脳との付き合い方を教え、カナダ首相としては19年ぶりにホワイトハウスに正式に招待した。
●シリア空爆撤退 難民を出迎え
過激派組織「イスラム国」(IS)の急速な台頭や、昨年のパリ同時多発テロ、シリア危機などに直面し、世界の首脳や国民は「保守化」に走る。テロに襲われたフランス大統領のオランドは、すぐさまシリアに空爆を行った。議会に憲法改正を迫り、令状なしの家宅捜索や、インターネット上の情報監視を強化するなど、テロ対策関連法の整備を急いでいる。中東から最大の難民を受け入れているドイツでは、穏健派の首相メルケルが寛容な姿勢を示しているものの、国内では地方自治体や市民が反対している。
米大統領選挙の予備選挙でも、「女性蔑視」「難民・移民受け入れ拒否」の実業家ドナルド・トランプが共和党候補として、世論調査では断トツの支持率を得ている。移民・難民排除が国家の礎を揺るがすことも厭わない「右傾化」が、有権者の中に広がっている。
トルドーは、オバマとの電話会談で、米軍主導によるシリア空爆から撤退することを伝えた。就任直後には空港で腕まくりをして難民を出迎え、こう語りかけながらコートを配った。
「もう家にたどり着いたから、安全だよ」
米紙ニューヨーク・タイムズの記者は、トルドーの首相就任式で、カナダ人記者がこうつぶやくのを耳にした。
「全くの別世界だ。自分でもどうしていいか、わからないよ」
保守からリベラルに大きく舵を切ろうとしているカナダが、どう生まれ変わるか。世界から注目されている。
(文中敬称略)
※AERA 2016年2月29日号