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 ぼくがマイルス・デイヴィスの写真集を出版した時、マイルスの人間性、音楽や写真にまつわるエピソードについて質問攻めにあった。そんな一連の質問のあとに、「マイルスの次なる被写体はロリンズあたりですか?」と問われることがたびたびあった。

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 ジャズ・ジャイアンツとしてマイルスと並び称されるソニー・ロリンズは、マイルス亡きあと、現モダン・ジャズ界の最高峰と言って間違いない。

 通算4度目の来日となる1975年、実にフォトジェニックなジャズ界の巨人ロリンズをぼくはフィルムに初めて定着した。

 '70年代の後半に6年もの間、演奏活動を休止したマイルス・デイヴィスだったが、ソニー・ロリンズにもまた沈黙の時期があった。絶頂期にありながら2度3度と音楽の現場を離れた空白期に、ロリンズはマンハッタンに架かるウイリアムズバーグ・ブリッジの上でサックスを吹いていたと言われる。

 よく写真で見る荘厳な石作りのブルックリン橋やブルーの橋脚が美しいマンハッタン橋でなく、あまり有名でないこの橋を選んだのは、他の橋より人通りが少なくて練習に集中できたからだと言う。

 1962年にリリースされた、復帰後第一作のアルバム・タイトルは「橋(The Bridge)」。

 ソニー・ロリンズには、チョー代表作「サキ・コロ」と呼ばれる"Saxophone Colossus"というアルバムがあるが、コロッサスとは、"巨大な人・偉人"と辞書にあるとおり、まさに巨体!

 ある時、演奏前の楽屋を訪ねると、足を投げ出しソファーに深く沈んでリラックス(または精神統一)のご様子。脱ぎ散らかした靴に目を止めたぼくに向かって、「そんなサイズだから、私は日本じゃ靴を買えないんだよ、あははは・・・」と笑った。

 体も足も巨大ならそのサウンドも巨大。ラテンリズムで吹きまくるソロの大ブロウも豪快なロリンズだけど、その演奏スタイルに似合わず、意外にも穏やかでデリケートな印象の人であった。繊細な精神とプレイを常に追求する姿勢が、もしかしたら過去の「雲隠れ」の理由の底辺にあったのかもしれない。

 復帰後の日本公演では突如ニワトリトサカ頭のモヒカン刈りで聴衆を驚かせた事もあった。そして'94年の来日ではそれまでの黒髪も髭も真っ白になってステージに現れ、またもビックリさせられた。

 2005年秋、白髪白髭75歳(諸説ありますが)のロリンズであったが、マネージャー役でもあった最愛の妻を失った事をきっかけに、年齢的体力的にも難しくなったツアーの終了宣言をし、22回目の来日公演が日本でのファイナル・ステージになってしまった。

 ニューヨークのマンハッタンに行かれたら、イーストリバーの風に吹かれソニー・ロリンズを想いながら、ウイリアムバーグ橋を歩いてみたらいかがでしょうか。

ソニー・ロリンズ:Sonny Rollins (allmusic.comへリンクします)
→サクソフォーン奏者/1930年9月7日~